らびっとブログ

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日本学術会議「推薦に基づいて任命」関連法律まとめ

2020年10月に発生した日本学術会議の任命拒否問題で、関連しそうな法律の条文、判例、国会議事録などを客観資料(なるべく原文)を中心に、今更ながらまとめてみた。

 

 

日本学術会議

日本学術会議法には以下条文がある。

(前文)
日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される。

 

第一条 この法律により日本学術会議を設立し、この法律を日本学術会議法と称する。
日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする。
日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする。

 

第三条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。

 

第七条 日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。
会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する

 

第十七条 日本学術会議、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

 

ポイントは以下で、議論の中心は4番目。

  1. 「平和的復興」との文言(後の「軍事研究に関する宣言」に関連)
  2. 内閣(政府)配下だが独立性規定がある(独立性は、会計監査院、検察庁日本銀行などにもあり、その程度が議論となる)
  3. 会員120名未満の状態は違法状態のため解消が必要(政府見解)
  4. 日本学術会議の推薦に基づいて総理が任命」の拘束力の程度。

 

朝日新聞の解説では「~に基づいて任命」の任命権者に対する拘束力は、「~により」や「~に従い」よりは弱く、「意見を聞いて」や「尊重」よりは強い。ただし単純に文言で決まるのではなく、各法令での任命権者の責任を考える必要がある。

 

つまり「人事は任命権者の自由(自由裁量)」も「推薦通り以外は許されない(裁量権ゼロ=覊束裁量)」も両方極論といえる。

 

日本学術会議法の制定時の国会答弁

1983年(昭和58年)の日本学術会議法制定時に、この「推薦に基づいて任命」の趣旨や内容は国会審議されている。

 

国会議事録 昭和58年5月12日 参議院 日本学術会議法の一部を改正する法律案(内閣提出)

148 手塚康夫
○政府委員(手塚康夫君) 前回の高木先生の御質問に対するお答えでも申し上げましたように、私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。確かに誤解を受けるのは、推薦制という言葉とそれから総理大臣の任命という言葉は結びついているものですから、中身をなかなか御理解できない方は、何か多数推薦されたうちから総理大臣がいい人を選ぶのじゃないか、そういう印象を与えているのじゃないかという感じが最近私もしてまいったのですが、仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど二百十名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません

 

150 高岡完治
○説明員(高岡完治君) ただいま御審議いただいております法案の第七条第二項の規定に基づきまして内閣総理大臣が形式的な任命行為を行うということになるわけでございますが、この条文を読み上げますと、「会員は、第二十二条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣がこれを任命する。」こういう表現になっておりまして、ただいま総務審議官の方からお答え申し上げておりますように、二百十人の会員が研連から推薦されてまいりまして、それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます。この点につきましては、内閣法制局におきます法律案の審査のときにおきまして十分その点は詰めたところでございます。

 

281 中曽根康弘
国務大臣中曽根康弘君) 学術会議法の改正につきまして、従来の選挙制度がいわゆる推薦制に変わりましたが、これはいままでの経緯にかんがみまして推薦制というふうになったのであるだろうと思います。しかし、法律に書かれてありますように、独立性を重んじていくという政府の態度はいささかも変わるものではございません学問の自由ということは憲法でも保障しておるところでございまして、特に日本学術会議法にはそういう独立性を保障しておる条文もあるわけでございまして、そういう点については今後政府も特に留意してまいるつもりでございます。

 

政府答弁では「多数推薦から一部を選ぶのではない、120名の推薦を形式的に任命する、実質的な任命ではない」との趣旨を説明した。更に中曽根大臣(後の首相)は搭乗分を、独立性や「学問の自由」にも関連づけて説明した。

 

次に「~に基づいて任命」の文言の例を見ていきたい。

 

日本国憲法

日本国憲法の以下条文は有名だ。

第六条

天皇は、国会の指名に基いて内閣総理大臣任命する

天皇は、内閣の指名に基いて最高裁判所の長たる裁判官を任命する

 

「~に基づいて任命」だが、天皇拒否権は無い。以下が考えられる。

  1. 「任命ならば任命権者の裁量は当然」とは限らない
  2. 「推薦」より「指名」の方が任命権者に対する拘束力が強い
  3. 天皇は一切の政治的権限を持たない

 

つまり「形式的な任命(拒否権なし)も存在する」とも言えるし、「2,3が日本学術会議法と異なり単純比較できない」とも言える。

 

脱線するが、内閣に従い機械的に任命するしかない天皇制には1946年に三笠宮が「内閣の奴隷」と批判した。個人的には同感で、人権無視で権威付けだけの天皇国事行為は憲法から全廃すべきと思う。

 

労働組合

労働組合法にも「~に基づいて任命」がある。

第十九条の三 中央労働委員会は、使用者委員、労働者委員及び公益委員各十五人をもつて組織する。
2 使用者委員は使用者団体の推薦(使用者委員のうち四人については、行政執行法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第四項に規定する行政執行法人をいう。以下この項、次条第二項第二号及び第十九条の十第一項において同じ。)の推薦)に基づいて労働者委員は労働組合の推薦(労働者委員のうち四人については、行政執行法人の労働関係に関する法律(昭和二十三年法律第二百五十七号)第二条第二号に規定する職員(以下この章において「行政執行法人職員」という。)が結成し、又は加入する労働組合の推薦)に基づいて、公益委員は厚生労働大臣が使用者委員及び労働者委員の同意を得て作成した委員候補者名簿に記載されている者のうちから両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する

 

労働組合法では、この「~に基づいて任命」における任命権者の裁量権の範囲について判例が複数あり、うち3つを見てみたい。

 

1983年2月24日 大阪地裁 判決

原告(中立系労組)の主張(複数労組の比例でない任命は裁量権濫用)

被告は、右通牒の「産別、総同盟、中立等系統別の組合員数に比例させ
る」という規準を無視し、本件任命処分を行つた。(略)本件任命処分は、被告が裁量権を濫用した違法なものであるから、その取消しを求める。

 

 判決

知事は、推薦があつた候補者の中から労働者委員を任命しなければならず、労働組合から推薦されなかつた者を労働者委員に任命することは裁量権の範囲を逸脱したものとして許されない。
 また、前に説示したように本件推薦制度の趣旨に照らし、労働組合から推薦された者全員を審査の対象にしなければならないから、推薦された者の一部をまつたく審査の対象にしなかつた場合にも、推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の濫用があつたとしなければならない。
 しかしながら、推薦は、指名とは異なるから、推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており、推薦された者が審査の対象とされた以上、推薦された候補者が労働者委員に任命されなかつたからといつて、直ちに裁量権の濫用があつたとするわけにはいかない。

 

 

「推薦」なので任命者には裁量権があり、この裁判では濫用なしとの判決だが、単純な自由裁量ではなく、推薦の中から任命しなければならず、推薦全員を審査しなければならないとしている。

  

1998年9月29日 東京高裁 判決

 原告(労働組合側)の主張

内閣総理大臣、本件任命行為において、控訴人各組合か推薦する候補者を全く審査の対象としていない。また、仮に、形式的に審査を行ったとしても、それは、内閣総理大臣が、連合傘下の労働組合の推薦という一事のみを重視して、故意に非連合系の労働組合である控訴人各組合の推薦する候補者を除外して任命するという差別意思に基づくものである。したがって、本件任命行為には、裁量権の濫用又は逸脱がある。

 

判決(要旨)

中央労働委員会の労働者委員の任命については、任命権者てある内閣総理大臣の広範な裁量にゆだねられており労働組合の推薦に基づく候補者を当初から審査の対象から除外したり、あるいはこれを除外したと同様の取扱いをするなど、労働組合法が推薦制度を設けた趣旨を没却するような特別の事情がない限り、裁量権の濫用とはならない

 

これも最初の大阪地裁と基本は同じで、任命権者の「広範な裁量権」を認めており、この裁判では濫用なしと判決したが、単純な自由裁量ではなく「推薦を当初から審査から除外するのは裁量権の濫用」なども併記している。

 

2015年1月20日 札幌地裁 確定判決

原告(労働組合側)の主張(要旨)

北海道知事がした上記労働者委員の任命処分は,特定の系統に属する労働組合の推薦を受けた候補者のみを労働者委員に任命し,他の系統に属する労働組合の推薦を受けた候補者を排除する差別的なものであり,違法である

 

判決

(要旨より)

 上記任命処分は,北海道知事がその判断の過程を誤ってしたものであるといわざるを得ず,北海道知事がその裁量権の範囲を逸脱してした違法な処分であるといわなければならない

 

(全文より)

当該再任候補者の前期の労働者委員としての職務遂行の具体的な状況について必要な調査及び検討をせず,それにより,処分行政庁の裁量的判断の基礎となる事実である再任候補者の人格,識見の認定が十分にされなかった結果,系統別の選任割合が十分に考慮されず,処分行政庁の判断が左右されたものであって,本件任命処分は,重要な事実の基礎を欠くものであり,処分行政庁に付与された裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるといわなければならない。

 

これも任命権者の「裁量権」を認めているが、この判決では、審査の内容が不十分で、

裁量権の範囲を逸脱し違法と認定した。当判決は地裁で確定した。

 

判例からは以下が言えると考えられる。

  1. 労働組合法の「推薦に基づいて任命」は「自由裁量」ではない
  2. 調査不十分による判断であれば「裁量権の判断を逸脱し違法」となる
  3. 言い換えれば任命者側は「適正な調査・判断」の説明責任がある

 

 

なお3判例とも複数の労働組合が推薦したケースで、日本学術会議のケースとは違いがある。

 

まとめ

  1. 日本学術会議には独立性規定があり、過去の国会答弁では政府側が「任命は形式的、部分任命はしない、独立性や学問の自由との関連」を答弁。
  2. 憲法の「基づいて任命」は拒否不可。裁量の無い形式的任命権も存在する。
  3. 労働組合の「基づいて任命」は複数判例で「裁量権」を認めているが、「自由裁量」ではなく、被推薦人全員の審査義務があり、判断によっては「裁量権逸脱で違法」となる。
  4. なお日本の裁判は個別主義で、判決の効力はその訴訟にのみ有効。判決は判例になるが、あくまで類似ケースでの目安で、判例変更もありうる。従って特定の判決で「正しい」などと断定はできない。

 

一般常識で考えれば、任命拒否の理由で以下などは妥当に思える。

  • 禁治産者など法的な欠格事由の該当者
  • 論文擬装発覚など推薦の元となった業績に疑惑が発生した場合
  • 推薦後に病気事故などで活動が長期間困難になった場合

 

しかし任命拒否の理由が仮に以下ならば、違憲・違法と思える。これは日本学術会議に限らず、公務員採用、国立大学入学、更には運転免許や生活保護支給などでも共通だ。

  • 人種、信条、性別、社会的身分又は門地(憲法14条)

 

ネットでは「公務員の任命は、任命権者の自由なのが当たり前」との主張もみかけるが、仮に公明党政権なら反創価学会、仮に共産党政権なら反共主義者は任命拒否できる、というのだろうか。

 

仮に任命拒否理由が「政府の政策に対する反対表明」など思想信条による差別ならば、違憲・違法となる可能性が高いと考えられる。

 

関連情報リンク

日本学術会議

 

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(了)