らびっとブログ

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安倍氏銃撃事件の法的な話題(テロ、警備、銃規制、統一教会、信教の自由、政教分離、個人v.s.家族「思う壺」論、死刑、国葬など)

安倍元首相銃撃事件(2022/7/8)より1か月、法的な話題などを書いてみました。(最終更新 2022/8/22)

1.テロとは呼べない

容疑者の供述や多数の証言などを見る限り、動機は明らかに私的怨恨による殺人なので、少なくとも本来の意味では「テロ」とは呼べない。

 

事件当日は「テロ行為許されない、民主主義踏みにじる行為」(読売新聞)などの見込み報道が溢れたが、結果的に参院選投票日2日前のミスリードとなった。

 

「テロ」は政治用語で、フランス革命の際の革命政権への批判用語として登場し、国連や各国や事典の定義でも「政治目的の殺人や破壊など」を意味し、そして各国は敵側の武装組織を互いに「テロ組織」と呼んで非難し合っているのが実情で、客観的・中立的な用語ではない。

 

そもそも日本には「テロ罪」や「テロ組織認定」は無い。刑法上は殺人罪、傷害罪、銃刀法違反など。警察白書公安白書では「テロ」との用語も使われるが、極右や極左による政治目的限定だし、刑法上の類型ではない。また公安の破防法上の監視団体や、未遂以前の準備行為を処罰できる「テロ準備罪」などはあるが、今回の事件(個人による既遂)には関係ない。

 

ただ相手を政治家と知った上で、選挙遊説中を狙った点は「テロの側面がある」とか「テロ対策上の事件」とは言えると思う。

 

そのためか「政治テロ(政治的動機によるテロ)ではない」などの折衷的な表現も聞くが、それでは「非政治テロ(政治的動機の無いテロ)」もあるのか、という疑問もある。「暗殺」も同じ。

 

2.警備の失敗

結果論で「警備失敗」との判断は当然だが、単なる現場非難ではなく、客観的な検証は必要と思う。

 

警備体制は直前に決済された、後方監視担当者の前方監視への変更が共有されなかった、1発目は銃声ではなくパンク音かと思った」などが報道されている。

 

しかし本来ならば1発目後に複数犯も想定して標的を隠すために周囲のSPが覆いかぶさるべきところ、「動作が遅れた」だけならともかく、安倍氏が一人で倒れるまで覆いかぶさる役割のSP自体がいないのは、役割分担の失敗と思う。

 

3.「札幌地検判決で警備が委縮」は筋違い

ところで2019年選挙で「安部やめろ」ヤジの警察排除を札幌地検が違法と認めた影響で「警備が委縮した」との説は筋違いだろう

 

札幌地検は、ヤジ者を観客エリアの前面から後方へ警察が強制移動した事を違法と判断した。しかし今回の事件は、観客エリアを超えて容疑者が警備対象に接近できた事なので、関連性が無い。(容疑者は拍手など支持者のふりをしていた。そもそも確信犯がヤジを飛ばして注目を集めてから接近するとは考えにくい。)

 

4.自作銃の規制はムリ

銃器や火薬の規制は必要だが、今回の自作銃と火薬は一般的な素材から作られたようで、従来話題の改造銃や3Dプリンターなどとは無関係だし、規制は不可能と思う。

 

しかし一般人に火薬の製造とテストは労力もリスクも高いので過剰反応も不要と思う。

 

容疑者は「爆弾を作って殺すつもりだったが、周りの人に迷惑が掛かると思い自作の銃を使った」と供述し、わざわざ手間とリスクの高い銃にした訳で、単なるテロ警戒ならば爆弾の方が簡単に製造できる。

 

銃に過剰反応は良くない。

 

5.「特定の宗教団体」との表現

マスコミは当初は「特定の宗教団体」との表現を続け、「統一教会」との報道は最初はフランス紙、日本ではゲンダイが最初だった。

 

発生直後に容疑者側の主張をそのまま流すのは問題があるが、今回は当事者の統一教会が記者会見した後まで「特定の宗教団体」との表現を続けたのは、マスコミの過剰対応のように思える。

 

6.「統一教会」との通称

統一教会」は従来も今も通称なので「旧」は不要と思う。また日本共産党などは「旧称の一部は協会で、教義もキリスト教会とは言えない」と「統一協会」を使用するが、英語ではチャーチ(教会)、韓国では「統一教」だし、通称は揃えた方が追及や被害防止に良いのではないか(日本共産党は何でも独自路線に拘って分裂させるが)

 

7.「信教の自由」か

信教の自由は近代国家の原則(世俗主義)で、憲法20条にも明記されている。

 

しかし統一教会は多数の違法判決や信者逮捕にかかわらず、組織的な宗教脅迫で信者を増やし、家族を行方不明にし、「霊感商法」を継続する反社会的な集団である点が、他の「色々と問題の多い新興宗教」とは異なる。

 

全国霊感商法対策弁護士連絡会の被害集計(1987~2022)は3万件を超える。更に2022年は従来諦めていた人が相談して大幅増になる可能性も高い。

 

「信教の自由は統一教会にもある」のと同様に「職業選択の自由暴力団にもある」し、「思想信条の自由は極左・極右組織にもある」けれど、各団体の反社会的行動は非難されないといけないのと同じだ。

 

なお創価学会の過激な布教活動(折伏)や言論弾圧事件、エホバの証人の子供を含めた輸血拒否事件なども社会問題化しているが、統一教会は組織的に違法行為を継続している点で大きく異なる。

 

8.「統一教会は成功したオウム」

なるほどな表現ですね。

 

どちらも反社会的なカルトながら、オウム真理教は閉鎖集団で武装蜂起へ突き進んだ連合赤軍パターンだったが、統一教会は信者の無給貢献で政治家に食い込むジャパッシュパターンで、後者が成功した。

 

特に政治家の秘書は政治家の代理人で、政治家のスケジュールを管理して、人間関係や密約など裏事情も把握でき、単なる「応援要員」とは言えない。統一教会指示の長年の無給勤務も本来ならば税務上の「寄付行為」ではないか。

 

9.統一教会の政界進出(特に自民党安倍派)

創価学会公明党)や幸福の科学幸福実現党)は自ら政党を立ち上げたが、統一教会は神政連(神社本庁)や日本会議(旧成長の家)と同様に、既存の保守政党を支援して関与を深める黒子戦術を選択した。

 

これ自体は、保守政党の各業界団体や宗教団体、革新政党の労組や消費者団体などの支持団体(圧力団体)があり、組織候補もいて政策に影響を与えているのと同じだが、やはり統一教会は反社会的行為への刑事告発を「政治の力」で阻止した(有田氏)、と言われる点が次元が異なる。

 

統一教会の支援先は与野党に跨るが、8割は自民党で、その中心は安倍派(清和会)で、安倍氏が統一教会票8万を采配したという。

 

なお統一教会と岸・安倍家の付き合いは深いが、安倍氏が統一教会と深く接近したのは民主党政権で野党転落してからという。確かに当時の記憶でも、第1次安倍政権は「憲法改正」「お友達内閣」で失速したものの宗教右翼の報道はあまり聞かなかったが、第2次安倍政権から「美しい日本」「愛国心」「家庭」などの宗教保守主義が全面に出て、日本会議や神政連の影響力が報道されるようになったと思う。

 

統一教会日本会議が安倍派に急速に浸透した背景には、従来の岩盤支持団体の遺族会や神政連などで高齢化が進んで集票力・行動力が低下した背景もある気がする。

 

10.自民党のシンボルマークも統一教会から?

これはさすがにネタのようだ(自民党 1975年から、統一教会 1997年から)。

 

とはいえ自民党シンボルマークの作成年は探すのに苦労した。歴史を誇る政党ならサイトに採用年を明記して欲しい。

 

11.でも「政教分離」違反か?

しかし統一教会と議員・政党・政府との関係に対して政教分離違反」との批判は少し違うと思う。

 

政教分離は国の歴史や文化によっても違う。

 

つまり少なくとも日本の判例の基準では、宗教団体が(他の政党支持団体と同様に)選挙活動をする、政策を要望する、更には政党を作る事は禁止はされていない

 

ただし当然ながら「政府が支持した宗教団体に便宜を図った、政策に反映された」などと疑われないような公平性と透明性は確保する必要はある。しかし日本では重要な話は水面下で決定されるので疑惑が消えない。

 

単純に「統一教会の候補支援は政教分離だ」と言うと、創価学会新宗連なども一緒になってしまう。もちろん「日本もフランス並に公共の場から宗教を追放してはどうか」などの立場も中にはあると思うが、今回の事件は以下がポイントと思う。

 

12.統一教会の「家族保護」

自民党の家族保護政策は、統一教会の政策だ」との批判も増えている。これは半分は正しいが、統一教会には限らないと思う。

 

いわゆる宗教右翼や保守派の「家族保護」は

 

これは日本会議、神政連(神社本庁)、自民党保守派などもほぼ共通で、統一教会だけの主張とは言えない

 

ただし、宗教団体の支援を受けた政治家は、支持者のために原則論をアピール合戦する必要があり、議論や妥協など政策の柔軟性が失われている現状はあると思う。

 

アメリ宗教右翼ティーパーティーなど)による、中絶反対派運動などと同じ構図ですね。

 

13.憲法の「個人の尊重」

ところで憲法の「個人」を、自民党改憲案は「人」にしている。

  • 「すべて国民は、個人として尊重される」(憲法13条)
  • 「全て国民は、人として尊重される」(自由民主党改憲案

 

「個人として」は、実は近代法に重要で、従来の身分制法制度の「人はその所属する集団に応じた権利義務を持つ」に対して「いや、所属集団とは無関係に、個人が基本単位だ」という自由主義的な意味がある。単に「人」では「人とは何か、本来の人とは集団の中で生きるものだ」と後退してしまう恐れがある。

 

しかし保守派や宗教右派はこれを「戦後の行き過ぎた個人主義を招いた」と批判している。憲法の歴史への無理解と思う。

 

14.「容疑者の思う壺」か?

統一教会への批判に「容疑者の思う壺」批判があるか、筋違いと思う。

 

確かにテロ発生時はテロ自体よりも社会の過剰反応の方が危険なのは事実だ。

  • 日本では515事件や226事件など、貧しい農村を背景にした青年将校を「義士」と呼び、皇道派の暴走と統制派の全体主義を招いた。
  • アメリカは911後に「対テロ戦」を宣言して、世界中を自由に爆撃し、拘束者は「テロリスト」として捕虜待遇も裁判も否定して、国際法と人権を無視した。
  • ロシアや中国も「対テロ戦」と称してチェチェンやウィグルへの弾圧を正当化した。

 

しかし安倍氏殺害事件では、容疑者への同情論はあっても、殺害を「義挙」と賛美する見解はほぼ無く、昭和のテロリズムとは異なる

 

例えば問題だらけの遊覧船が沈没すれば、まず運航会社が非難されるのは当然だが、「監督官庁への批判は、運航会社を免罪する事になるからやめろ」と言うのもおかしい。問題点は客観的に検証すべきで、「容疑者が一番悪いから、他を批判するのはおかしい」というのもおかしい。

 

15.死刑になる?

裁判所判断なので起訴前の量刑議論もおかしいが、既にまともな記事がある

本件では、(繰り返しますが完全責任能力があることを前提とすれば)銃殺であって犯行態様は相当悪質で、計画性もあることから軽い罪にはならないでしょうが、極めて残虐とまではいえず、通行人1名の射殺と考えたとき死刑には至らないことが多いと思います。

 

なお「元首相だから社会的影響が大きく重罪」との意見は、刑法の平等原則を軽視している。確かに情状考慮の材料にはなるが、社会的影響は結果論の面が大きいし、例えば「幼児や浮浪者は影響が少ないので殺しても罪が軽い」とはいえない。

 

なお1891年の大津事件では、日本訪問中のロシア皇太子(後のニコライ2世)への傷害事件に、日本政府が圧力をかけた日本の皇族への障害罪(死刑)ではなく、本来の傷害罪を適用して司法権の独立を守った事例となった。被害者が権力者だからと法を歪めるならば、それは野蛮国家で、法治国家とは言えない。

 

16.国葬で国論分裂

「静かな環境で故人を悼む」には、「51%なら勝ち」の政治対決型より、幅広く合意を得られる形で行うのが一般的な感覚かと思う。

 

しかし各社の設問内容や調査方法にもよるが世論調査は見事に2分された。

 

過去の国葬は色々な議論や経緯があるが国葬は本来は国家が個人の栄誉を讃えるもので、今回の唐突な閣議決定法治国家として強引に思う。

 

17.岸田政権の対応下手

岸田氏は国葬閣議決定後に発表したが対応が下手すぎと思う。

 

例えば発表前に各野党党首に電話して「今回は特別に国葬にしたい。本来なら立法が望ましいが、招待を含めると時間が無い。終了後に今後の国葬法案を審議したい。在職期間など客観基準もいいのではないか。」などと打診すれば反発を減らせたと思う。

 

岸田氏は外相時代に内外の検討や調整を重ねていたはずだ。

 

「過去に国会審議した基準を政府が勝手に変えて、追及されてから認める」のは、学術会議問題や黒川氏退職問題など、第2次安倍政権で「国会軽視、違法グレーゾーン、強権的」などと批判された手法だ。

 

岸田氏は保守派(安部派)配慮を優先して「決断力」をアピールしようとして、安倍政権と同じ「強権的」手法に陥ったと思う。

 

ただ発表した以上は変更困難だし、「黄金の3年間」なので次の国政選挙ではテーマが変わっていると考えて、「議論は不利、国会は開かず、再説明なしがベター」と考えているかと思う。

 

以上です。