らびっとブログ

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映画「すずめ〜」鈴芽が草太を好きになる描写が不足?【ネタバレあり】

すみません前回「2回目で気づいた6点」の書き忘れの7点目ですが、ちょっと気になるポイントです【ネタバレあり】。

 

⑦鈴芽が早太を好きになる描写が不足?

1回目は確かに「イケメンに一目ぼれはわかるけど、それだけでは軽薄みたいで、もう少し欲しい」と感じた。

 

でも2回目で、最初に会った時に「どこかで会った気がする」(?)のセリフと、それは幼児期に見た扉の向こう側で立っている男女、と気が付いた。つまり「イケメン一目ぼれだけではないよ」というわけだ。

 

なお子供が母親かと思った女性の隣の男性なら普通は父親と思うのでは?とも思うけれど、鈴芽の記憶には父親不在なので矛盾はない。

 

ここで妄想すると、製作者は「母が1人で育てた」話に加えて、この「謎の男性を父親ではなく恋愛対象に想って育つ」ためにも父親を消した気もするし、すると鈴芽の想いにはファザコン要素も潜在していて、安定の新海監督キモイ(誉め言葉)かも(笑

 

ところで「少し会っただけの女性を男性が命がけで守る」ならばドラマの定番なので、「女性が男性を好きになるには丁寧な心理描写が欲しい」と思ってしまうのも「男は活発な狩人だが、女は貞淑で家庭」なジェンダー認識かも(ちょっと反省

 

とはいえ鈴芽は最初から「ここぞと思えば命は惜しくない」感じの思い切りの良いキャラと思うし、劇中の恋愛描写は最低限にしたことで「想いが深まったのはあそこじゃないか」「いやこっちでは」とか観客が後で色々と想像できる映画になって良かったのでは、とも思うのでした。

 

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(映画館のIMAX用ポスターでテーマは「愛は異種間を超えられるか」←嘘)

 

PS.この画像を貼ってから「戸締り」でなく「戸締まり」と気が付きました...

 

以上です。

映画「すずめの戸締まり」2回目で気づいた6点【ネタバレあり】

公開直後(11/12)に観た後で、2回目(11/20)で気づいた6点です【ネタバレあり】。

 

 

なお2回目も満席で、私は劇場で2回見るのも、上着を忘れて清掃中の劇場に頼んで再入場の失態も始めてでした。

 

①椅子の目は動いてないか?

椅子となった早太は動きとセリフだけで演じ続けるけど、目の輪郭や目の中の白色(ハイライト)を動かすなどの感情表現を実は入れてないのか? が1回目に感じた個人的疑惑でした。

 

そこで2回目に注視したけれど、椅子への影や脚などのデフォルメはあるものの目の動きは発見できず、仮にあっても観客の大半は気づけないレベルとしか思えない。

 

ディズニーなアニミズム世界とはまた違って、異世界のダイジンやミミズはデフォルメ多用で、現世の人物や椅子はリアリティを保つ、描き分けて併存なバランスが良い作品と思います。

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(ポスターの椅子も、目はただの穴で、目の中の光源の反対側に白が入っているが、作品中もずっと同じでした)

 

②ダイジンは正直者か?

1回目でも、邪悪な悪魔の使いに見える白猫のダイジンは、実は最初から素直な感情(すき!)と事実(ムリ!人がいっぱい死ぬよ)しか言っていない気がしたが、本当だろうか。

 

見返したら本当でした!主人公と観客をうまくミスリードさせる運びが絶妙です。(リアルでも印象操作と事実関係の違いに気を付けましょう笑)

 

(11/23 追記)要石は元は人間の人身御供らしく年月をかけて神となる孤独な存在だけど、すずめが偶然にも開放してくれて、訪ねていくと餌と水をくれて「うちの子にならない」とは女神に見えたかも。その女神の隣にいる要石を戻したい危険人物を「お前も窮屈な身体になれ、そして自分で要石になれ」と呪うのも当然にも。

しかし人間の犠牲を減らすため後ろ戸の場所を知らせ続けて、最後にすずめが要石になる決心をすると、黙って自分が身代わりに戻っていく。

こう思うと「すずめの自業自得の騒動話」から「ダイジンの自己犠牲愛の物語」にも思えるし、全2作の「宿命を持った巫女」の要素は、救われてハッピーエンドになる早太だけでなく、納得したにせよ石に戻るダイジンの両方なのかも。人知れずサポート役で消える人間と、それを活かして未来へ向かう人間、どちらも現実。深読みですが。

 

③サダイジン良くわからん

1回目は、要石はなぜ東西2個か、東の要石はいつ誰に抜かれたのか、なぜ環の深層を代弁したのか、なぜダイジンよりでかいのか、などなど謎だらけ

 

見返したら、やっぱりわからん。良く言えば、主人公達にも「結局よくはわからなかった部分」のままで良いとも思う。謎解き作品でもないし無理に苦しい説明なくてもいい。

 

ぶっちゃければ、最終バトルで手前には主人公と子猫、背景には巨大怪獣格闘の絵が欲しかった、そして何より「最後の戸締りを主人公2名で対等にするには要石が2個必要だったから」が製作側の本音に見えるので、後付けの設定詳細を余り語るのは野暮にも思える。

 

④芹澤はなぜ後半から?

地方で生きる人々と対比してチャライ東京な芹澤だけど、2回目で気が付いた。

 

ネコが喋るとか非現実的な出来事に、前半はすずめが「ええっ」連発でバランスを取っていて、すずめが覚悟を決めた後半は芹澤が「ええっ」役を引き継いだ構成なんですね。

 

非現実が当然のように続くと観客も嘘っぽく感じるので「ええっ」の突っ込みは欲しいし、その後の諦め感との反復がコメディ。個人的には芹澤のいない本作はありえないくらいナイスでした。

 

ところでお茶の水は堀・地下鉄・橋のビジュアルが有名ですが、都会というより学生街なので、地に足が付いた選定に思えました。

 

⑤幼児向け?震災シーンが多い?

1回目の後に少し世間の感想を拝見して。

 

マクドナルドの陰謀もあるのか土曜午前の上映で幼児が1割ほどでしたが、上映直後に「面白かった」風な子供は見えなかったような。暗い画面も多くて、歩く椅子との楽しいディズニーアニメではないし。ただ年齢に拘わらず色々な作品に触れる事自体は良い事かと思う。

 

また「知らずに観て震災描写にショック」との声もあるようですが、実は直接犠牲になるようなシーンは無く、家の上に船(直後ではなく蔦が絡まる廃墟)、日記の日付が「3 11」、上空から見た真っ赤な地上(街?)とか、「当時を知ってる人だけが連想できる」配慮はあったと思う。

 

⑥どこがラスト?

2回目でやっと判ったけど、「戸締まりの話」は扉の前でスパッと終わっていて潔く、続くエンドロールでの後日談イラストはロードムービーのおしまい、そして最後に最初の舞台に戻って「おかえりなさい」と本を閉じるようなボーイミーツガールのラストとは、万人向けにエッジが効いた構成でさすがに思えました。

 

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二子玉川109シネマズのポスター)

 

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(ポスターの監督サインの拡大)

 

以上です。

映画「すずめの戸締まり」は期待を裏切らない新海ワールドでした。

劇場アニメ映画「すずめの戸締まり」は新海誠監督の前2作「君の名は。」「天気の子」とはパターンは違えど同じ方向性で、コメディ・旅・災害・人間模様などを盛り込んだエンタメ作品で楽しめました【ネタバレ最低限】

 

 

できれば映画館で、入場特典は後で読みたい

前2作と同様に外界を遮断して一気見できる映画館が向く作品ですが、入場特典の「新海誠本」はネタバレ満載なので先に読むのは避けたいと思います。(表紙の裏に「ご鑑賞後にお読みください」とありますが、見たいページから見てしまうとこでした)

 

公開日翌日の11/12(土)の二子玉川109シネマズでは、全35スクリーン中の7スクリーンが同作で、ほぼ満員でした。

なお作品側の問題ではないが、この「スクリーン独占」状態は問題視もされている(日本全国のシネコン、『すずめの戸締まり』にほぼ戸締まりされる

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(入場特典の「新海誠本」中の企画原案の絵の一部。椅子のシンプルな造形がキュート。)

 

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(館内の壁ポスター。キャッチコピーの「行ってきます。」が鑑賞後は別の実感に。)

 

公開の数日前は、大して内容のない自分のブログで過去の新海作品感想のアクセスが少し上がったのも世間の期待を感じました。

 

まずはキャラクターが良かった

主人公の鈴芽(すずめ)はポスターでは前2作より大人びた絵柄に見えたが、喜怒哀楽豊かな表情とセリフは健在で安心。巻き込まれ役で最初は「ええっ」ばかりなのも笑える。声優の原菜乃華が声優初挑戦とは信じがたい。そして「スズメのミミズ退治」なネーミングも判りやすい。

 

次に相手役の草太(そうた)は、監督作品らしからぬ大人イケメンなビジュアルが不安だったが、作中の大半では椅子としてコミカルな演技を延々続けるというギャップが面白い。この椅子は目も動かないので、動きとセリフだけの、まさにアニメーション映像ならではの表現も実はすごい。

 

ペット的外見ながら悪魔的なダイジンは、きまぐれで自分勝手なのは日本古来の祟る神や猫の特性と同じで納得できて、また実は決して嘘はつかないのはキュウべえとも似ていて、実は身勝手な人間に対比させた神の化身のようで、また見返したくなる。

 

そして他のサブキャラが全て実在のように活きている作品世界。個人的にはメインキャラより良かったくらい。

 

話の展開は

最初のバトルシーンは相手のミミズはもっと見せなくていいのでは。予告編の見せ場用かも知れないが、鎮める相手が段々エスカレーションするという定番パターンが弱い気がする。

 

しかしその後の日本縦断の旅は予想外な展開、クスリと笑えるシーン、魅力的なサブキャラ陣と、展開が見事だ。説明が少なく観客の推測の余地があるし、決めセリフの変化も楽しい。

 

キャッチコピーの「行ってきます。」も、ポスターでは「どこでもドアで異世界に旅立つ話か」と思わせて、納得な展開を映像だけで語るのも映画的で良い。

 

監督作品の代名詞ともなった「リアル背景」も「天気の子」よりは光を抑えて、再びキャラと展開に集中させた気がするのも良かった。

 

また「扉」を探す中で、廃墟の観覧車の物理的な怖さはリアリティとオリジナリティを感じた。

 

ただ椅子が身体に「慣れてきた」セリフは、高速で走り出してからではご都合に見えるので、少し前にそれとなく触れても良かったのでは。

 

ところでオープンカーの自動収納ルーフを高速走行中に戻すのは風を巻き込んで大変危険なので真似しないようにしましょう(笑

 

君の名は。」「天気の子」と比べると

比べると「君の名は。」はキラキラ東京と「愛は災害を救う」で、その反省もあり「天気の子」は東京ダーク面と「災害より愛を選ぶ」になり、また「天気の子」の「男の子が宿命の女の子を救う」ジェンダーな関係性も「すずめ」では逆パターンになった。監督が自分の作品の反響をみては「それだけとは限らない」とバランスを取り続けているような。

 

でも常に災害が裏表だが、過去を抱えながらも信じた方向に進みたい、というのは一貫していて、一連の3作品は監督の作家性が現れていると思う。

 

これは宮崎駿監督が「男の子がお姫様を助ける、うんちもおしっこもしない女の子」と言われ続けた後に、「ナウシカ」や「魔女の宅急便」を作ったのと似てるようで、パターンは変えても根(世界観)は同じなのが作家性かなと思う。

 

これを「またこの世界観か」と見るか、「この作家世界が良い」と見るかは観客の自由だろう。

 

もともと新海作品は1作目の「ほしのこえ」からコア信者と「自己陶酔でキモイ」との嫌悪派に分かれやすいし、初期のマイナーな世界観が好きな人には、「君の名は。」以降の「メジャーへの転向は裏切り」と批判的な人もいる。ただ自主制作や実験作品と商業作品をいったりきたりのマルチで多芸なアーチストは昔から多いし、「浮気しないのが道だ」の美学には権威主義な弊害もあり、どちらが偉いという訳ではないと思う。

 

まとめると「すずめ」は前2作と同じ方向性ながらパターンを変えて、コメディ・旅・恋愛・スペクタクルの要素をうまく組み合わせたエンターテイメントになった成功例と思うのでした。また見返したい。

 

以上です。

常識外れの経済政策が続くのは「青い鳥症候群」な政治のせい

10月の1ドル150円台突入で、円の価値は2011年の75円から半減して「安い日本」となった。その原因は2012年から続く「異次元緩和」だが、なぜ非常識な経済政策が続くのか、その原因は安易な政治にあると思う。

 

要旨を先に書いてみる。

  1. 「価値を高める」のが本来の市場経済
  2. 異次元緩和と円安のアベノミクス継続は非常識
  3. そもそも政府に経済を強くする力は無い
  4. 非常識な経済論は「青い鳥症候群」の政治が生んでいる

 

まず市場経済は、次々参入するライバルに対抗して「商品価値を高め続ける」事が本質で、企業はより良い製品、労働者もより良い仕事の提供を目指して、自己革新し続けない者はトップに居続けられない社会で、資本主義とは継続革命だ。

 

各国は1次産業から2次・3次産業へ、GEは総合家電から航空機や医療に「選択と集中」し、イギリスは金融業にシフトした。日本も一時は円高になった。

 

しかしアベノミクスの「異次元緩和」は、元は「三本の矢」での新産業成長までの時間稼ぎだったのに、新産業が失速後も「道半ば」と政治理由で無意味に続けた結果、市場への通貨供給過剰で「安い国」に転落したのは経済の常識通り。

 

そもそも経済のグローバル化で政府の経済への影響力は限られているのに、政府に「景気」を求めるのが間違い。景気循環は資本主義の基本だし、政府の役目は補助金等での誘導や激変緩和やセーフティネット整備程度で、政府が人為的に株価を上げても市場が歪むだけで、経済主体が強くならないと実体経済は向上しない。

 

昔の選挙で「成長戦略」という言葉は聞かなかったが、「私に成長戦略がある」と言う詐欺に国民が次々と信じ続ける「青い鳥症候群」のせいで、「異次元緩和を続ければ景気が良くなる」など原因と結果が転倒した非常識な経済論が横行してしまい、当然結果は出ないのに、「やってます」感だけで続けてしまう。

 

そもそも異次元緩和や人為的な円安・株高は「高度成長の夢よもう一度」の手法で、「株高になれば、景気が良くなった気がしてバンバン金を使えば、本当に景気が良くなる」という希望的観測な心理学だが、現実の市場は甘くなく結果は出ないし、逆に弱い産業にカンフル剤を続けて出口戦略が見えずに後の政権への負の遺産になっている。

 

アメリカはアメリカンドリームな移民大国で成り立っているが、日本では移民もフランスのような少子化対策もしないなら、高齢化で縮小均衡しか無く、更に若者層に現状維持な保守指向が蔓延すれば国際競争からも脱落して新産業も生まれず衰退一直線。

 

結局、オリンピックとかムード先行のギャンブル資本主義を追い続けるのはやめて、現役世代がチャレンジできるセーフティネットや、将来不安を減らして経済が廻るヨーロッパ的社会保障を取り入れていくべき、と思うのでした。

 

以上です。

「SPY×FAMILY」はファミリーなのが良い

10月にアニメ2期開始予定の「SPY×FAMILY」ですが、原作漫画もアニメ1期も面白かった、との今更ながらの感想です。

 

原作漫画はジャンプラで見て、アニメ化は難しそうと思って期待せず見てなかったけれど、先日ふと1話を観たら原作イメージを保って面白く、12話一気見してしまった。

 

まずOPから作品世界。東欧風世界でカッコイイ本来のロイド、ハイテンポな絵本風のアーニャ視点、華麗なヨルさん、そして最後はコメディタッチでファミリー一緒だけど「X UPSET(転覆禁止)」でロゴとなる構成が、丁寧な作画と色彩でさすがです。個人的には音楽に合わせてスライドする絵本な風景や、シルヴィアの髪の波打つ動きも好きです。

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アニメ化と聞いて気になったのが、スパイものに多い読み返して判るシーンの描き方。例えば原作のアーニャの最初の超能力シーンの「チチチ」は漫画でも見落としそう。(以下、1話から引用)

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更には「チチチ」も無いけど、(超能力または直感で)実は判ってるシーン。

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でもテレビのリアル視聴では前のページには戻れないので、アップなど強調するとネタバレだし、再度映すのも説明っぽいし、どうするのかなと思っていたら、ほぼ原作忠実な流れで、でも意外と違和感なかった。見落とし配慮より原作忠実の方向は、録画や配信の比率が増えた背景もあるのかも。

 

ところで列車、自動車、椅子などのインテリアも洒落てますが、これは映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の「これはゲームだよ」オマージュに見える。せっかくのセリフも相手がアーニャなので即バレですが(笑。

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そしてまた各話クロージングとしても見事なED星野源の歌に合わせたアーニャの「夢の中」のコラージュのような紹介の後、「私の居場所はつくるもの」と1人だけだったのが、2人、3人、更にコミカルに家になだれ込み、「ふざけた生活は続く」と夢の世界へ。偽の家族の物語。泣けそう。名作です。

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ところでEDのこれはシネカリ(フィルムをひっかいて直接絵を描く映像手法)風ですよね。

(EDのシネカリ風の画像)

 

アニメ映画「この世界の片隅に」でも、すずさんが生死をさまようシーンでシネカリ風がありました。

 

なお本当のシネカリは手間暇さえかければ誰でもフィルム購入費だけで(現像すら不要で)映像が創れちゃいます。たぶん世界で一番有名なシネカリは「線と色の即興詩」("Blinkity Blank"、1955年、5分、カナダNFB制作、ノーマン・マクラレン)で、学生時代に図書館16ミリフィルムを借りて何回か上映しました。

 

さて、最後に本題ですが「SPYxFAMILY」が面白いのはファミリーものだから、と思います。当たり前ですみません。

 

「スパイ・殺し屋・超能力者の設定がスゴイ」な紹介を良く見ますが、「それも事実だけど、単なる設定盛り過ぎでハチャメチャにならないのは、いつも家庭に戻っているから」と思えるのです。

 

実は「スパイのファミリーもの」自体なら、2005年の映画「Mr. & Mrs. スミス」(男女が互いに秘密)とか、2020年の映画「スパイ・ファミリー」(タイトルが大変紛らわしく検索に苦労するが、父を娘が助ける)とかもあるし、子供が秘密のスパイに憧れるのも世界共通。

 

でも「SPYxFAMILY」は色々な任務や派手なアクションはあっても、ベースはあくまで「エリートなのに本人の恋愛や子育ては実は不得手」なエリート擬装ラブコメ要素と、「家族サービスの水族館や、学校での特待生狙いに、予想外の障害が次々と襲い掛かかってくる」という子育てドタバタ要素があるので、サザエさん的な安心感がある。

 

エリートラブコメといえば「かぐや様は告らせたい」と「SPYxFAMILY」の原作マンガの冒頭3ページは似た構成で、話のお約束を最初に説明してますね。そういえば主要キャラのデザインも似てるかも。

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そして子育てドタバタと言えば、「ケロロ軍曹」のテーマは家族と聞いた時も、最初は「えー、あんなハチャメチャ宇宙人の話が?」と思ったけれど、やんちゃな子供達が「秘密基地だ、世界征服だ」と大騒ぎしては年長の夏美に毎回おこられる、子供視点の空想世界にも思える。

 

「SPYxFAMILY」も、子供が「自分の学校も旅行も実は秘密任務なのだ」とも思える構成なので、かなりぶっとんだエピソードがあっても、最後は家に戻ってきて笑い話で終わる安定感と安心感があるようにも思う。

 

ところでこの家族の秘密が世間にばれそうであたふたコメディーは、古くはアメリカンドリームな専業主婦文化を世界に見せつけた「奥様は魔女」(1966-)や、そのパクリが大ヒットした日本の「奥様は18歳」(1970-)シリーズ、更には、あだち充「みゆき」など同居ものや、ハーレムものなど、長寿コメディーの黄金パターンですが、「SPYxFAMILY」も「お互いの秘密」が続くのに安定感を感じます。

 

■(おまけ1)子育てマンガ要素

歳のせいか、仮に仕事は一流でも子供のフリーダムな言動は理解できず疲れ果てる、あるある要素と落差感が笑えます。

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■(おまけ2)エレガント命な先生

ヘンダーソン先生。任務達成には敵役なのに、時には味方もするキャラにするには、強烈な独自の美学を持たせるしかないというキャラ設計なのか、ファンも多そうです。

 

ところでエリートラブコメのはしり?でもある「東京大学物語」(江川達也、1992~)の4話にもエレガントが口癖(らしい)矢野先生がいますが、これも少し似てる?孤高のエレガント先生は実は昔からいるのか気になります。

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■(おまけ3)なるほどなブログ

OP/EDを、こんなに整理して分析できるなんてすごいです。

musubikik.com

 

タイトルだけでも作品世界!

torafujikuraud.hatenablog.com

 

■(おまけの最後)アニメ2期の予告動画

www.youtube.com

 

以上です。長文読んでくれてありがとう。

早大の原理研(統一教会)の過去と現在

安倍元首相銃撃事件後に話題となったカルト宗教団体「統一教会」や「原理研」を、若い人は知らない人が多いと聞いて隔世の感だが、1980年代の自分の早大在学時代を含めて簡単に書いてみた。(最終更新 2022/8/28)

 

 

1.まとめ

 

2.教祖 文鮮明早稲田高等工学校に入学

統一教会の教祖の文鮮明は1941年に早稲田高等工学校に入学した(1951年閉校。統一教会側の「日本統一運動史」より。「真の御父様」=文鮮明。)

1941年春に、真の御父様は早稲田大学附属の早稲田高等工学校電気工学科に、「江本龍明」の日本名で入学されました。

(略)

早稲田大学附属早稲田高等工学校(以下、早稲田高等工学校)は、1928年4月に創設されました。創設者は、早稲田大学総長の高田早苗氏であり、同校の初代校長は徳永重康氏でした。

 

しかし信者の中には「早大卒」との誤解や、早稲田周辺や戸山公園の「聖地」扱いもあるという(週刊現代

統一教会信者の中には、文鮮明早稲田大学の卒業だと信じている人が少なくありません。

(略)

留学中の文鮮明戸山公園を訪れていたとして聖地になったようです。

 

こんなブログもある。

その箱根山の、或る大きい木が文鮮明=御父様の木で、小さい木が妻の韓鶴子(現・教祖)=御母様の木だというのである。都電・早稲田駅の近くに信者らが共同生活をしていて、毎朝この木に手をかざし祈り、歌っているとか。その様子を写した13年前の写真が数枚アップされていた。

 

箱根山に早朝に行った事は無いのでラッキーだったかも。

 

3.1964年 早稲田大学 原理研究会 発足

早大原理研は1964年に作られた(「日本統一運動史」)。

(8)早稲田大学原理研究会発足(1964.4)

1964年4月、尾脇準一郎委員長、大貫啓司・条谷真由美両副委員長のもとに早稲田大学原理研究会が発足しました。

 

教祖の縁に加え、知名度の高い大学を組織的に狙い、他校での勧誘時の信用材料にしていると思われる。

 

そして1967年代には社会問題化した(日本における統一教会の活動とその問題点

統一教会が最初に社会的に知られたのは<親泣かせ「原理運動」 学生間に広
がる学業放棄>というセンセーショナルな新聞記事であった(朝日新聞 1967
年 7 月 7 日)。同記事によると「原理運動」と呼ばれる宗教が全国の大学や高
校に広がり、そのため家庭を破壊されたという父母からの訴えが学校や警察に
相次いだ。

 

また早大原理研側の「早稲田原理研時代と私」にも以下記載がある。(内部では「現研」と記載。漫研、映研的な略称か。)原理研の発祥も社会問題化も早稲田が最初に読める。

1967年

早大原研は東京地区の主管下になり、戸山町と余丁町に二つのホームを構え

(略)
一方、この時期、早稲田原研が朝日新聞によって世を惑わす奇怪な運動として紹介され教会迫害の口引きになった。それが<親泣かせ原理運動>だ。新聞、週刊誌、テレビ、ラジオなどあらゆるマスコミからネガティブイメージによる悪宣伝がなされた。また、この頃早稲田原研員の父母たちが「原理運動反対父母の会」を結成し、世論からのバッシングをうけることになった。特に角田昭代さんや小林育三さんの親は強硬に反対運動を展開した。負の側面でも早稲田が発祥地になった

(略)

原研委員長時代1968年4月

原理研究会CARPといわれるようになったのはこの時からだった。COLEGEATE ASOCIATION FOR RESEACH OF PRINCIPLE 韓国の原理研究会から使われた。

 

4.1981~84 在学時の話

私は1981年に早大法学部に入学した。当時は大半の自治会(政経、商、社学、文、二文、そして文連と早稲田祭実行委員会)は新左翼系の革マル派が支配し、唯一法学部が日本共産党系の民青だった(革マル派は2000年頃迄にほぼ追放された)。

 

革マル派と民青は敵対関係で、「民青=日本共産党は打倒すべきスターリニスト官僚だ」「革マルによる川口君殺害事件を忘れるな」と批判し合っていたが、原理研統一教会に対しては「韓国軍事政権=KCIAの手先の反共反動偽装集団」とそれぞれ非難していた。

 

なお革マル派も民青も「自治会には色々な立場の人もいる。特定の党派と言うのは不正確な権力側のデマだ」と言うが、形式的にはそうでも、ビラや立て看を観れば用語も立場も完全に党派と同一だった。なお原理研も「色々な人がいる。宗教や統一教会ではない。」と論法は同じだ(創価学会公明党神社本庁と神政連などもだが。)

 

1980年代も原理=統一教会は社会問題化していたと記憶している(朝日新聞 天声人語)。

犬も歩けば棒に当たるではないが、1980年代の大学のキャンパスでは、統一教会系の学生組織、原理研究会の人からよく声をかけられたように思う。誘われるままに、彼らが拠点とするマンションに行ってみたことがある▼話の内容はよく覚えていないが、たしかサタンがどうのこうのという独特の世界観を聞かされた。

 

早大には「原理研究会」の他、「早稲田学生新聞」「早稲田文化」など複数の偽装サークルやメディアがあったが、他は覚えていない。なお「早稲田大学新聞」は別新聞(当時は革マル系)と名前が紛らわしい。相当な資金力と動員力が無ければ継続できない物量だ。(以下はワセクラより)

統一協会=原理研究会の活動に対して警鐘を鳴らす。

「公認」団体にも原理系サークルは存在します。一部教員が宣伝に荷担してる例もあるので騙されないように。『早稲田学生新聞』『早稲田文化』等原理系メディアにも警戒を。

 

週末などの高田馬場駅前には大抵「聖書に興味はありませんか」「あなたのために祈らせてください」などの宗教系勧誘がいて、学生同士で「あれが原理だ」「話を否定していたら、突然形相が変わり集団で囲まれて、悪魔だ悪魔だと罵られた」「信者になると行方不明になる」などと良く話題になっていた。

 

ある時、法律系サークルの飲み会の帰りに先輩が勧誘者に「我々は宗教懇談会ですよ」などとウソのサークル名でしばらく会話して、後で「これで1人でも助かったかも知れない」などと言っていた。

 

そして多分1984年に原理追放集会が学内(本部キャンパス)で開かれ、残念ながら出席できなかったが、既に学生運動は沈静化していた在学時では最大の集会だったようだ。とはいえ元々偽装集団なので、公然とした立て看やビラ配布は減った気がしたが、偽装サークルや新聞などが消える訳ではなかった。

 

5.現在の各大学の対応

大学によりかなり相違があるようだ。

 

京都大学の説明は非常に詳しく、「大学公認」は信用度にならない説明や、ネットで話題となった「原理新聞リスト」もあるので、お勧めです。

1.『京大新聞』と『京大学生新聞』は違う団体
2.統一協会とは何か
3.学内での原理研究会の活動
4.京大学生新聞の内実
5.あてにならない「大学公認」
6.全国に広がる原理新聞問題 (末尾に関連リンク・原理新聞リスト)

 

またプロテスタント系大学は非常に厳しい対応をしているらしい(ブログ「プロテスタント系大学での統一教会の扱い」)。

日本の多くのプロテスタント教会統一教会と戦っているので、そのミッション校である大学では統一教会の活動ははっきりと禁止されている。「信教の自由」みたいな微温的な言い分には完全に聞く耳を持たない。

特にピリピリしているのが学内での勧誘や原理研の偽装サークルを通じたオルグで、入学時のオリエンテーションでかなりの時間を掛けて注意を受ける。 

もし学内での勧誘が発覚したらかならずこうする、と強く警告を受ける。

 

他の多くの大学でも新入生への注意喚起がされている。(3年前に私の子供が入学した大学でも入学式で団体名は挙げずに注意喚起していた。)

 

しかし早大は少なくともホームページの検索機能では注意喚起は見つからない。

「暴力電話には屈しない」というコラムを書き、統一教会と対立姿勢を明確にした。

 

ただ約40年前の1981年入学式の総長説明でも「大学は皆さんを大人として扱うので、注意事項などは言いません」と聞いた記憶があり(当時はこれが普通と思っていたが、その後に多くの大学は高校の延長風だと気が付いた)、議論はあると思うが、規制や統制に反抗するリベラルな校風の影響かも、と思うのでした。

 

(おまけ)早大の学生新聞の比較

 

以上は現在ではいずれも大学とは無関係です。また他に「早稲田スポーツ」「ワセダ学生新聞」や、大学発行の「早稲田ウィークリー」もあり、ネーミングもややこしくアナーキーな感じが早大な気もします。

 

以上です。

安倍氏銃撃事件の法的な話題(テロ、警備、銃規制、統一教会、信教の自由、政教分離、個人v.s.家族「思う壺」論、死刑、国葬など)

安倍元首相銃撃事件(2022/7/8)より1か月、法的な話題などを書いてみました。(最終更新 2022/8/22)

1.テロとは呼べない

容疑者の供述や多数の証言などを見る限り、動機は明らかに私的怨恨による殺人なので、少なくとも本来の意味では「テロ」とは呼べない。

 

事件当日は「テロ行為許されない、民主主義踏みにじる行為」(読売新聞)などの見込み報道が溢れたが、結果的に参院選投票日2日前のミスリードとなった。

 

「テロ」は政治用語で、フランス革命の際の革命政権への批判用語として登場し、国連や各国や事典の定義でも「政治目的の殺人や破壊など」を意味し、そして各国は敵側の武装組織を互いに「テロ組織」と呼んで非難し合っているのが実情で、客観的・中立的な用語ではない。

 

そもそも日本には「テロ罪」や「テロ組織認定」は無い。刑法上は殺人罪、傷害罪、銃刀法違反など。警察白書公安白書では「テロ」との用語も使われるが、極右や極左による政治目的限定だし、刑法上の類型ではない。また公安の破防法上の監視団体や、未遂以前の準備行為を処罰できる「テロ準備罪」などはあるが、今回の事件(個人による既遂)には関係ない。

 

ただ相手を政治家と知った上で、選挙遊説中を狙った点は「テロの側面がある」とか「テロ対策上の事件」とは言えると思う。

 

そのためか「政治テロ(政治的動機によるテロ)ではない」などの折衷的な表現も聞くが、それでは「非政治テロ(政治的動機の無いテロ)」もあるのか、という疑問もある。「暗殺」も同じ。

 

2.警備の失敗

結果論で「警備失敗」との判断は当然だが、単なる現場非難ではなく、客観的な検証は必要と思う。

 

警備体制は直前に決済された、後方監視担当者の前方監視への変更が共有されなかった、1発目は銃声ではなくパンク音かと思った」などが報道されている。

 

しかし本来ならば1発目後に複数犯も想定して標的を隠すために周囲のSPが覆いかぶさるべきところ、「動作が遅れた」だけならともかく、安倍氏が一人で倒れるまで覆いかぶさる役割のSP自体がいないのは、役割分担の失敗と思う。

 

3.「札幌地検判決で警備が委縮」は筋違い

ところで2019年選挙で「安部やめろ」ヤジの警察排除を札幌地検が違法と認めた影響で「警備が委縮した」との説は筋違いだろう

 

札幌地検は、ヤジ者を観客エリアの前面から後方へ警察が強制移動した事を違法と判断した。しかし今回の事件は、観客エリアを超えて容疑者が警備対象に接近できた事なので、関連性が無い。(容疑者は拍手など支持者のふりをしていた。そもそも確信犯がヤジを飛ばして注目を集めてから接近するとは考えにくい。)

 

4.自作銃の規制はムリ

銃器や火薬の規制は必要だが、今回の自作銃と火薬は一般的な素材から作られたようで、従来話題の改造銃や3Dプリンターなどとは無関係だし、規制は不可能と思う。

 

しかし一般人に火薬の製造とテストは労力もリスクも高いので過剰反応も不要と思う。

 

容疑者は「爆弾を作って殺すつもりだったが、周りの人に迷惑が掛かると思い自作の銃を使った」と供述し、わざわざ手間とリスクの高い銃にした訳で、単なるテロ警戒ならば爆弾の方が簡単に製造できる。

 

銃に過剰反応は良くない。

 

5.「特定の宗教団体」との表現

マスコミは当初は「特定の宗教団体」との表現を続け、「統一教会」との報道は最初はフランス紙、日本ではゲンダイが最初だった。

 

発生直後に容疑者側の主張をそのまま流すのは問題があるが、今回は当事者の統一教会が記者会見した後まで「特定の宗教団体」との表現を続けたのは、マスコミの過剰対応のように思える。

 

6.「統一教会」との通称

統一教会」は従来も今も通称なので「旧」は不要と思う。また日本共産党などは「旧称の一部は協会で、教義もキリスト教会とは言えない」と「統一協会」を使用するが、英語ではチャーチ(教会)、韓国では「統一教」だし、通称は揃えた方が追及や被害防止に良いのではないか(日本共産党は何でも独自路線に拘って分裂させるが)

 

7.「信教の自由」か

信教の自由は近代国家の原則(世俗主義)で、憲法20条にも明記されている。

 

しかし統一教会は多数の違法判決や信者逮捕にかかわらず、組織的な宗教脅迫で信者を増やし、家族を行方不明にし、「霊感商法」を継続する反社会的な集団である点が、他の「色々と問題の多い新興宗教」とは異なる。

 

全国霊感商法対策弁護士連絡会の被害集計(1987~2022)は3万件を超える。更に2022年は従来諦めていた人が相談して大幅増になる可能性も高い。

 

「信教の自由は統一教会にもある」のと同様に「職業選択の自由暴力団にもある」し、「思想信条の自由は極左・極右組織にもある」けれど、各団体の反社会的行動は非難されないといけないのと同じだ。

 

なお創価学会の過激な布教活動(折伏)や言論弾圧事件、エホバの証人の子供を含めた輸血拒否事件なども社会問題化しているが、統一教会は組織的に違法行為を継続している点で大きく異なる。

 

8.「統一教会は成功したオウム」

なるほどな表現ですね。

 

どちらも反社会的なカルトながら、オウム真理教は閉鎖集団で武装蜂起へ突き進んだ連合赤軍パターンだったが、統一教会は信者の無給貢献で政治家に食い込むジャパッシュパターンで、後者が成功した。

 

特に政治家の秘書は政治家の代理人で、政治家のスケジュールを管理して、人間関係や密約など裏事情も把握でき、単なる「応援要員」とは言えない。統一教会指示の長年の無給勤務も本来ならば税務上の「寄付行為」ではないか。

 

9.統一教会の政界進出(特に自民党安倍派)

創価学会公明党)や幸福の科学幸福実現党)は自ら政党を立ち上げたが、統一教会は神政連(神社本庁)や日本会議(旧成長の家)と同様に、既存の保守政党を支援して関与を深める黒子戦術を選択した。

 

これ自体は、保守政党の各業界団体や宗教団体、革新政党の労組や消費者団体などの支持団体(圧力団体)があり、組織候補もいて政策に影響を与えているのと同じだが、やはり統一教会は反社会的行為への刑事告発を「政治の力」で阻止した(有田氏)、と言われる点が次元が異なる。

 

統一教会の支援先は与野党に跨るが、8割は自民党で、その中心は安倍派(清和会)で、安倍氏が統一教会票8万を采配したという。

 

なお統一教会と岸・安倍家の付き合いは深いが、安倍氏が統一教会と深く接近したのは民主党政権で野党転落してからという。確かに当時の記憶でも、第1次安倍政権は「憲法改正」「お友達内閣」で失速したものの宗教右翼の報道はあまり聞かなかったが、第2次安倍政権から「美しい日本」「愛国心」「家庭」などの宗教保守主義が全面に出て、日本会議や神政連の影響力が報道されるようになったと思う。

 

統一教会日本会議が安倍派に急速に浸透した背景には、従来の岩盤支持団体の遺族会や神政連などで高齢化が進んで集票力・行動力が低下した背景もある気がする。

 

10.自民党のシンボルマークも統一教会から?

これはさすがにネタのようだ(自民党 1975年から、統一教会 1997年から)。

 

とはいえ自民党シンボルマークの作成年は探すのに苦労した。歴史を誇る政党ならサイトに採用年を明記して欲しい。

 

11.でも「政教分離」違反か?

しかし統一教会と議員・政党・政府との関係に対して政教分離違反」との批判は少し違うと思う。

 

政教分離は国の歴史や文化によっても違う。

 

つまり少なくとも日本の判例の基準では、宗教団体が(他の政党支持団体と同様に)選挙活動をする、政策を要望する、更には政党を作る事は禁止はされていない

 

ただし当然ながら「政府が支持した宗教団体に便宜を図った、政策に反映された」などと疑われないような公平性と透明性は確保する必要はある。しかし日本では重要な話は水面下で決定されるので疑惑が消えない。

 

単純に「統一教会の候補支援は政教分離だ」と言うと、創価学会新宗連なども一緒になってしまう。もちろん「日本もフランス並に公共の場から宗教を追放してはどうか」などの立場も中にはあると思うが、今回の事件は以下がポイントと思う。

 

12.統一教会の「家族保護」

自民党の家族保護政策は、統一教会の政策だ」との批判も増えている。これは半分は正しいが、統一教会には限らないと思う。

 

いわゆる宗教右翼や保守派の「家族保護」は

 

これは日本会議、神政連(神社本庁)、自民党保守派などもほぼ共通で、統一教会だけの主張とは言えない

 

ただし、宗教団体の支援を受けた政治家は、支持者のために原則論をアピール合戦する必要があり、議論や妥協など政策の柔軟性が失われている現状はあると思う。

 

アメリ宗教右翼ティーパーティーなど)による、中絶反対派運動などと同じ構図ですね。

 

13.憲法の「個人の尊重」

ところで憲法の「個人」を、自民党改憲案は「人」にしている。

  • 「すべて国民は、個人として尊重される」(憲法13条)
  • 「全て国民は、人として尊重される」(自由民主党改憲案

 

「個人として」は、実は近代法に重要で、従来の身分制法制度の「人はその所属する集団に応じた権利義務を持つ」に対して「いや、所属集団とは無関係に、個人が基本単位だ」という自由主義的な意味がある。単に「人」では「人とは何か、本来の人とは集団の中で生きるものだ」と後退してしまう恐れがある。

 

しかし保守派や宗教右派はこれを「戦後の行き過ぎた個人主義を招いた」と批判している。憲法の歴史への無理解と思う。

 

14.「容疑者の思う壺」か?

統一教会への批判に「容疑者の思う壺」批判があるか、筋違いと思う。

 

確かにテロ発生時はテロ自体よりも社会の過剰反応の方が危険なのは事実だ。

  • 日本では515事件や226事件など、貧しい農村を背景にした青年将校を「義士」と呼び、皇道派の暴走と統制派の全体主義を招いた。
  • アメリカは911後に「対テロ戦」を宣言して、世界中を自由に爆撃し、拘束者は「テロリスト」として捕虜待遇も裁判も否定して、国際法と人権を無視した。
  • ロシアや中国も「対テロ戦」と称してチェチェンやウィグルへの弾圧を正当化した。

 

しかし安倍氏殺害事件では、容疑者への同情論はあっても、殺害を「義挙」と賛美する見解はほぼ無く、昭和のテロリズムとは異なる

 

例えば問題だらけの遊覧船が沈没すれば、まず運航会社が非難されるのは当然だが、「監督官庁への批判は、運航会社を免罪する事になるからやめろ」と言うのもおかしい。問題点は客観的に検証すべきで、「容疑者が一番悪いから、他を批判するのはおかしい」というのもおかしい。

 

15.死刑になる?

裁判所判断なので起訴前の量刑議論もおかしいが、既にまともな記事がある

本件では、(繰り返しますが完全責任能力があることを前提とすれば)銃殺であって犯行態様は相当悪質で、計画性もあることから軽い罪にはならないでしょうが、極めて残虐とまではいえず、通行人1名の射殺と考えたとき死刑には至らないことが多いと思います。

 

なお「元首相だから社会的影響が大きく重罪」との意見は、刑法の平等原則を軽視している。確かに情状考慮の材料にはなるが、社会的影響は結果論の面が大きいし、例えば「幼児や浮浪者は影響が少ないので殺しても罪が軽い」とはいえない。

 

なお1891年の大津事件では、日本訪問中のロシア皇太子(後のニコライ2世)への傷害事件に、日本政府が圧力をかけた日本の皇族への障害罪(死刑)ではなく、本来の傷害罪を適用して司法権の独立を守った事例となった。被害者が権力者だからと法を歪めるならば、それは野蛮国家で、法治国家とは言えない。

 

16.国葬で国論分裂

「静かな環境で故人を悼む」には、「51%なら勝ち」の政治対決型より、幅広く合意を得られる形で行うのが一般的な感覚かと思う。

 

しかし各社の設問内容や調査方法にもよるが世論調査は見事に2分された。

 

過去の国葬は色々な議論や経緯があるが国葬は本来は国家が個人の栄誉を讃えるもので、今回の唐突な閣議決定法治国家として強引に思う。

 

17.岸田政権の対応下手

岸田氏は国葬閣議決定後に発表したが対応が下手すぎと思う。

 

例えば発表前に各野党党首に電話して「今回は特別に国葬にしたい。本来なら立法が望ましいが、招待を含めると時間が無い。終了後に今後の国葬法案を審議したい。在職期間など客観基準もいいのではないか。」などと打診すれば反発を減らせたと思う。

 

岸田氏は外相時代に内外の検討や調整を重ねていたはずだ。

 

「過去に国会審議した基準を政府が勝手に変えて、追及されてから認める」のは、学術会議問題や黒川氏退職問題など、第2次安倍政権で「国会軽視、違法グレーゾーン、強権的」などと批判された手法だ。

 

岸田氏は保守派(安部派)配慮を優先して「決断力」をアピールしようとして、安倍政権と同じ「強権的」手法に陥ったと思う。

 

ただ発表した以上は変更困難だし、「黄金の3年間」なので次の国政選挙ではテーマが変わっていると考えて、「議論は不利、国会は開かず、再説明なしがベター」と考えているかと思う。

 

以上です。

書籍「日本赤軍!」に見る重信房子氏のリーダータイプ

本日5/28に元日本赤軍最高幹部の重信房子氏が出所しました。かわぐちかいじの漫画「メデューサ」のモデルで、出所直後の会見も高齢ながら安定な印象でした。

 

私はブントや赤軍派に批判的ですが、書籍「日本赤軍!」のインタビューを読むと、重信氏を「義侠心、ロマンチスト」と呼んだ一水会のツイートも納得感あるタイプのリーダーかと思えました。

 

 

はじめに

日本赤軍とは

日本赤軍自体の説明は、警察や公安の資料が意外と日本赤軍側の主張もポイント良く引用していて、わかりやすいです。

www.moj.go.jp

 

もちろん公安側の文章は「現在も危険だから監視対象にしてます」との予算正当化でもあります。

 

なお「攻撃対象」の先頭の「天皇・皇族」は公安側の記載順序で、日本赤軍を含めた当時の左翼側の優先は政治経済ですね。

 

簡単にまとめると、

  1. 既成左翼(ソ中や各国社共)を批判して西側諸国で新左翼が生まれた
  2. 日本では共産同(ブント)の分派として軍事路線の赤軍派が生まれた
  3. 赤軍派が軍事訓練中に大量逮捕(大菩薩峠事件)
  4. 獄外グループの一部がハイジャックして北朝鮮へ(よど号グループ
  5. 残る獄外グループから重信らが中東に渡り「日本赤軍」となって独立
  6. 更に残る獄外グループが他派と合流して「連合赤軍」を結成し壊滅

 

ところで赤軍派は「政党」なのか、「分派」(フラクション)とは分裂なのか。

 

赤軍派の軍事路線

しかし私自身は赤軍派の「軍事路線」は子供のころから批判的です。

  • 理想を持ち社会変革や革命を目指すのは良いが、そもそもブントは政治思想は薄く、後先考えない勢い頼りな学生運動の面を感じる
  • 「軍事路線」で仮に数百人の兵士で官邸や国会を占拠できても、警察に包囲されて終了で軍事的合理性が無い

 

フランス革命ロシア革命も一部兵士が革命側につき、また東欧革命では軍が「中立」を守ったために成功したように、実際には既に破綻した政府の「腐った扉を蹴破った」ケースが多く、一般人だけの武装蜂起による暴力革命は困難です。

 

実は当時の新左翼中でも、赤軍派の「軍事路線」は「プチブル冒険主義」(成算の無い無謀な方針)と激しく批判されて全体では少数派でしたが、より武闘派ほど目立つのも現実です。

 

戦前の青年将校と似たロマン主義的暴走の側面を感じます。

 

懲役20年は軽いか

ネットでは「何十人も殺したテロリストが懲役20年とは軽い」との声も見かけますが、法的には重信氏はハーグ事件での逮捕監禁罪・殺人未遂罪などの共謀共同正犯容疑で起訴され、本人は無罪を主張し続けたが、有罪確定したものです。

 

殺人罪はなく、実行犯でもなく、罪状と比較すればかなり重い量刑でしょう。

 

共産主義者はみんな仲間か

また「出所なのに意外と左翼が静か」との声も見かけましたが、それは「ロシアも中国も北朝鮮も、更に日本共産党革マル派中核派赤軍派も、みな共産主義者だから仲間のはず」程度の認識の方に多いようです。

 

実際には大半の新左翼各派と、中ソや日本共産党は最初から敵対関係で、それは新左翼が登場した歴史上も当然でしょう。

 

逆に、代表的な戦後右翼テロの浅沼社会党委員長刺殺事件も、保守派の大多数は歓迎した訳ではないし、実行犯の山口少年の出所も騒がれなかったのと同じでしょう。

 

書籍「日本赤軍!」に見る重信氏

日本赤軍!世界を疾走した群像」は、元最高幹部の重信氏や、途中で日本赤軍を去って重信氏らを批判した和光氏、(日本赤軍ではなく)赤軍派元議長の塩見氏などのインタビュー集ですが、メンバーによって内容やトーンが違うのが面白いです。

 

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例えば赤軍派議長の塩見氏は、氏が獄中に結成され、同志連続殺人事件を起こした連合赤軍は、以下のように整然と論破します。

  1. 上部(塩見議長)の承認無しで、配下の非公然部門が勝手に合流した
  2. 反スターリン主義者とスターリン主義者の合流で、思想的にも野合
  3. 武装蜂起なら都市ゲリラなのに、地方に逃亡
  4. しかも山小屋に篭るのでは、毛沢東主義の「人民の海」にもならない
  5. つまり連合赤軍は全てデタラメで話にならない

 

この連合赤軍批判は論理的ですが、しかし「だから私には全く責任ない」とも読めるし、逆に自分自身のブント書記長暴行事件は「ちょっと殴っちゃった」と軽く説明するなど、頭はいいが保身ばかりの官僚的にも読めてしまう。

 

次に途中で日本赤軍を抜けた和光氏は、リッダ闘争(テルアビブ空港乱射事件)は「京大パルチザン」として参加したのに重信氏らが後から「日本赤軍の作戦」のように言った、パレスチナでの軍事訓練中に「思想学習」の名で執行部の方針を押し付けようとした、などと日本赤軍を批判してます。ただ「学習でベクトルを合わせる」事は企業でも多く、どこまでが押し付けかは難しいのと、少なくとも連合赤軍のような「総括」という名の暴力は無く平和的に離脱できたし、自分だけ正当化しているようにも読めてしまいます。

 

ところが重信氏だけは全く違うトーンで驚きました。現地で軍事訓練を受けた「共産主義革命戦士」のはずなのに、思想や軍事の話は全く無い。多くの活動家のような「この思想や路線が正しい、批判者は理解不足だ」との正当化も無い。

 

重信氏は、学生の時は弱小セクト(明大社学同)の方に協力し、パレスチナでは強大なイスラエル占領下の難民へ共感し、和光氏の日本赤軍批判には「当時は気づかなかったすれ違いの責任は我々にもある」と反省を連ねる。

 

企業や大学はもちろん左翼党派内でも「女性は男性の補助役」との意識が強かった時代に、リーダーのタイプでは理論家や思想家より、教師を目指していたのが「なるほど」な人間性(恐らく理想を語ってブレず、相手も理解しようとする共感力・抱擁力)で組織をまとめていたように思えます。

 

「そう見せるのが上手い」のかもしれませんが、プロジェクトマネジメントでもメンバーへの見せ方(振る舞い)はリーダーに必要なスキルとされています。

 

学生時代にオルグ(勧誘)が得意で仲間から「魔女」と呼ばれたとか、塩見氏評の「普通の学生だった」とか、今でも「ふーちゃん」と親しみを持ったツイートを見かけるのも納得味があります。

 

義侠心でロマンチスト

民族派新右翼一水会がこんなツイートしてました。

 

新右翼新左翼は正反対のようで、反政府や反米の少数派同士として昔から交流がありますが、この「義侠心、ロマンチスト」は、うまいこと言うなと思いました。

 

上記書籍でも、常に弱い立場の側に立つ信念で、基本はブレない、という感じです。

 

なお塩見氏は壊滅状態の赤軍派残党に、無謀な「反右派闘争」(内部の敵を探して打倒する)の指示を繰り返して完全分解させてしまいます。支持者からは「日本のレーニン」とも呼ばれましたが、本領は分裂を繰り返す「壊し屋」だったのかもしれません。

 

ジェンダー発想ではありますが)政治理論に固執しやすい男性リーダーの方が、自縛となり挫折しやすいのかもしれません。

 

おまけ

出所時のコメント映像

多数のカメラを前に、高齢でゆっくりながら、後から文字に起こしてもOKそうな長文を語れるとは、なかなかできないと思いました。

www.youtube.com

 

出所時の質問回答全文

確かに当時はマスコミも「武装勢力」「ゲリラ勢力」などの中立的表現が普通で、以前からロシア革命の「白色テロ、赤色テロ」などの言葉もありましたが、安易に「テロ」という非難を込めた政治的用語が一般に普及したのは911以降と思います。

news.goo.ne.jp

 

ところで今回の出所は産経新聞が前日も当日も異様に詳報しています(笑)。法的には出所すると一般人に戻るため、積極的には報道しない事が大手マスコミの通常なのですが。

 

映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」予告編

メインは連合赤軍ですが、重信氏役も美人役で何回か登場します(笑)。監督は日本赤軍関係者の若松氏なので、赤軍側を好意的に描いてるのかと思ったら、史実を客観的に淡々と描写し続けるので、これは怖いです、トラウマになります。(ただ映画オリジナルのラストの安易な叫びには、本人など当事者から批判もあり、私も変と思いますが、一般観客向けのカタルシス用と思ってます)

www.youtube.com

 

映画『革命の子どもたち』予告編

日本赤軍の重信とドイツ赤軍のマインホフの、それぞれの娘を描いた映画。

www.youtube.com

かわぐちかいじの「メデューサ

陽子はオルグのプロで、パレスチナに渡って革命戦士となるなど、露骨に重信氏がモデルですね。

csbs.shogakukan.co.jp

 

それでは。

映画「シン・ウルトラマン」が「シン・ゴジラ」と同じ処と違った処

公開2日目の5/14(土)に二子玉川の映画館で見て普通に面白かったので、ネタバレ控えめで感想を書いてみました。

 

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(映画館の入口ディスプレイの写真)

 

公開後の最初の土曜の午前で、IMAXは混んでいたので普通の2Dで、座席は7割ほどで子供から若者・年配まで幅広かった印象です。

 

なお「シン・ゴジラ」ほどではないですが、画面に巨大な字幕が次々映るシーンもあるので、なるべく読みたい人は後ろの座席が良いと思います。

 

シン・ゴジラ」とスタッフやキャストの共通点も多く、実際似ていたので、つい色々比較しながら観てしまいました。

 

 

テレビの初代「ウルトラマン」は

さてテレビの初代「ウルトラマン」は幼稚園の頃で、続く「ウルトラセブン」と「帰って来たウルトラマン」まで見たけれど、特に初代「ウルトラマン」はオムニバス的で回によってコメディ調だったり、単純な正義で割り切れない話があったのが子供心にも印象的でした。

 

例えば相手の怪獣や宇宙人も、

  • 村人に差別される孤児の女の子(雪んこ)を助けに現れるウー
  • 自分から攻撃しないのに、巨大で迷惑と人間に攻撃される不条理なスカイドン
  • 宇宙開発競争の犠牲者が、元は人間と隠されたまま抹殺される悲惨なジャミラ
  • ウルトラマンが過去に退治した、静かな宇宙墓場に帰りたいだけの嘆きのシーボーズ
  • 母星が核実験で滅んで宇宙難民となり地球への移住を希望するが、数多すぎと闘いになり、最後にウルトラマンが母船で眠る20億人を当然のように母船ごと破壊して終わるバルタン星人(!)

 

うーん、今見ても凄いものを子供向けに放送していたもので、今のエンタメ枠では収まらない。

 

「怪獣もの」の中に、正義とは何か、人間とは何か、の問いかけが潜んでいる。沖縄出身の脚本家の金城氏や、実相寺氏の特徴的な映像にも熱心なファンが多いのも納得です。

 

シン・ゴジラ」と同じところ

①主人公側は常に自衛隊と行動する

初代の「科特隊(科学特捜隊)」は特別な研究機関か特殊部隊か、という感じですが、この映画の「禍特対」は政府配下で、現地で自衛隊の指揮権も引き継いだりします。

 

攻撃シーンでの連携を考えれば自然かもしれないですが、それではまるでゴジラガメラシリーズで、謎追及で探偵要素な「ウルトラQ」後継シリーズに思えない気がします。

 

特に最初の2回の出動は自衛隊の野戦テント内の映像までそっくりだし、主人公が突然「子供を助けに行きます」と単独行動するウルトラシリーズのお約束も背後に屈強な自衛官が多数映っているのでは「出口に近い隊員に指示した方が早いのに不自然すぎ」でしょう。まぁ前半は「シン・ゴジラ」ファン向けのサービスシーンでしょうけど。

 

②政府や外交の駆け引き

これも「シン・ゴジラ」同様にテンポ良く早口セリフと表情で見せるのがうまいけれど、「シン・ゴジラ」では感情移入させたいためか日本被害妄想な視点も感じましたが、この「シン・ウルトラマン」は色々な思惑が並立している感じウルトラシリーズ風に思えて私は良かったです。

 

③仲間との描写

相棒役の長澤まさみの「こんな奴いるか」感は「シン・ゴジラ」と同じですが、変態的な「匂い」シーンも主人公側は健全で、「バディ」軸の会話もシンプルで判りやすかったと思う。ゼットンと人類の関係も(賛否あるけど)まぁオリジナル尊重でした。

 

シン・ゴジラ」と違ったところ

①意図的に昭和な特撮

怪獣もののリメイクでは、ハリウッド版「ゴジラ(GODZILLA)」のようにオリジナルの雰囲気とは異質すぎて別物なものや、逆に「キング・オブ・モンスターズ」のようにオリジナルへのオマージュは素晴らしいしリアルだけど「CGでリアルにすれば良いのだろうか」とも思えてしまう(なんとも勝手なものだが)。

 

シン・ゴジラ」ではオリジナルの雰囲気を保ちながらもリアル路線だったけれど、「シン・ウルトラマン」は意図的な「着ぐるみ&人形」表現なのが、いかにも庵野氏の趣向に思え、しかし光線合戦などはド迫力で、これは一つの方向性と思いました。

 

当然「お粗末な画像、幼稚な特撮」との批判も多いし、予算制約もあるようですが、良くも悪くも意図的かと。

 

②オムニバス的

ゴジラシリーズは映画なので巨大な敵を倒しておしまいですが、ウルトラシリーズはテレビシリーズなので毎回相手が変わり、たまに関連性もあったりします。

 

「シン・ウルトラマン」も複数の怪獣(禍威獣)や宇宙人との闘いで構成されていて、実は関連したり、「何故日本ばかり襲われるのか」とのお約束へのツッコミにも関連して、ここはウルトラ風で良かったと思います。

 

カタルシスが少ない(軽いネタバレ)

いくつか感想を拝見すると、やはり感じている方は結構いる気がします。

 

怪獣ものはどれも最後はクライマックスや必殺技で盛り上げるし、それはウルトラシリーズや、スポ根もガンダムエヴァも基本は同じでしょう。

 

ところが「シン・ウルトラマン」は実は最後の2戦は余り激しくないし、子供の憧れだった「光の国」が実は敵みたいで最後もすっきりしないので、観終わると消化不良に感じます。

 

ただ初代「ウルトラマン」は最初に書いたように、ウーやシーボーズなど最後は倒さないけれど人気の高い回も結構あるので、これもスタッフの意図的な構成かなとも思いますが。

 

賛否をまとめると

  • 禍特対が数人だけで不自然」これは「マジンガーZ」の光子力研究所とか「ガッチャマン」の科学忍者隊も含めて「ヒーロー側の部隊は数人まで」な伝統だけど、前半で「シン・ゴジラ」風に中途半端にリアルに自衛隊と行動したせいもあって目立ってしまった。
  • 画像も特撮も下手」これは人形・着ぐるみの昭和の特撮再現とか、人間巨大化の静止画風も異質感を出す意図的と思うけど、ここは評価が分かれて仕方ないと思う。何でも「リアル」が良い訳ではないけれど、「シン・ゴジラ」と比べると映像全体が安っぽいのは否めない。
  • 複数の話が詰め込まれて散漫」これもウルトラシリーズ再現なので半分は仕方ないのでは。
  • なぜ人間の味方するのかわからない」これもウルトラシリーズだから(こればっか笑)。いくら説明しても、最後は論理的ではない「責任感と想い入れ」で仕方ないのでは。
  • 腰を叩くアップがセクハラ長澤まさみはセクシー役で、真面目な主人公には効いてないから必ずしもNGではないと思うけど、過剰なドアップの繰り返しが下品に見えたと思う。例えば画面の隅でポンとやって、気付く人は気付く程度がスマートだったかと。
  • 最後に爽快感が無い」実は初代テレビ版のラストは、もっとあっけなく倒して「ええー」だったので、これでも無理やり共同作業にして盛り上げたとは思う。ところで一番最後の「結局どうなったのか」の判断を観客に委ねるスパッとしたエンドは個人的には良かった(後日談を延々はダサイ派なので)。これも賛否は分かれているようですが。

 

それではまた。

メインフレームとは?

大型汎用機とも呼ばれるメインフレーム・コンピュータについて、その範囲と種類、技術的特徴、そして比較を書いてみました。

 

私は外資系IT企業のSEなどを約30年間(メインフレームとオープン系比率は4:6くらい)経験しましたが、世間やネットの話題には以下を感じるためです。

  1. 実はメインフレームの範囲は広くて色々な製品系列も含まれている。
  2. 本当の特徴はハードウェア自体より、基本設計での堅牢性と思う。
  3. コンピューターは適材適所だけど「メインフレームCOBOLでバッチなど時代遅れ」との批判はローカル(日本特有事情)では。

 

 

きっかけは、富士通メインフレーム撤退発表を機会にした、kodukiさんの入門的まとめ記事が面白かったから。知らない人にもわかりやすくオススメです!

zenn.dev

 

私はプログラマー歴は短く詳細は判ってませんが、色々なシステムのインフラ面に触れる機会はあったので、それを交えてIBM系を中心に書いてみたいと思います。

 

メインフレームとは?

①基幹業務用の大型コンピュータです

メインフレーム」を直訳すれば「主枠、主筐体」ですが、多くの事典や辞書では「企業などの基幹業務用の大型コンピュータ」などの説明です。

企業の基幹業務などに利用される大型コンピューター。

IT用語がわかる辞典

 

富士通も同じ内容で、オープン系と比較してます。

メインフレーム ~ Mainframe ~
主に企業の基幹業務などに用いられる大型コンピュータのこと。信頼性・安定性・互換性が特長。オープンシステムとは異なり、独自に設計しているメーカーが多い。(富士通 用語集

 

IBMメインフレームの「メイン」の説明なのか「大型で、特に周辺のコンピュータが接続する主コンピュータ」という説明です。

"Mainframe" defined
The IBM Dictionary Of Computing defines "mainframe" as "a large computer, in particular one to which other computers can be connected so that they can share facilities the mainframe provides (IBM Archives - IBM Mainframes)

 

しかしこれだけだと「現在では企業などの基幹業務にも使われているオープン系サーバーも含めて良いのでは?」とも思えてしまいます。

 

しかーし!メインフレーム」は歴史的用語で「当時の各社大型」を指す言葉なので、オープン系や、非オープン系でも「中型」は含めないのです。

 

(オマケ)

日本では「オープン系」でUnix/Windows系を指しますが、世界的には「オープンシステム」は本来ソース公開のUnix系などを指し、独自仕様OSのWindowsも含める場合には「分散系」と呼ぶのが一般的です。恐らく日本では、MS-DOS時代に各メーカー独自仕様のPCが続いたので「Windowsでメーカー依存が消えた=オープン」な感覚かと思いますが、世界は本来のソフトウェア観点、日本はハードウェア観点、という気もします。

 

②でも実は歴史的用語です

実はメインフレーム」との呼称は後からで、当初は単に「処理装置(プロセッサー)」や「コンピューター」などと呼んでいました。しかし1960~70年頃のミニコンUNIXサーバーの普及後に、徐々に「メインフレーム」という通称(俗称)が使われていきました。

メインフレーム」という呼称は、後から生まれたもので、当時のコンピュータは全て大型だったが、その後の小型コンピュータに対して「汎用大型コンピュータ」「大型汎用機」と区分され、「メインフレーム」という通称が生まれた。(IT用語辞典 e-words

 

メインフレーム(mainframe)コンピュータは歴史的な用語で、1960年代以降、
企業、大学、研究所等の組織のあらゆる情報処理を、科学技術計算も事務計算
も一手に引き受けていた汎用コンピュータのことをいう。(小柳研究室

 

例えばIBMは今では1952年の IBM 701 以降を「メインフレーム」と呼んでいますが、当時の発表レターやマニュアルなどには「メインフレーム」との言葉はありません。

www.ibm.com

 

ちょうど、日本の明治時代に「洋服」が普及すると「和服」の用語(分類)が生まれたり、RISC登場で従来のCPUをCISCと呼ぶ分類ができて、技術的な差異が消えた今でも「RISCMIPS, SPARC, Powerなどの総称」との歴史的用語で残っているのと似ていますね。

 

なので、競合比較やアポロ計画までの説明もさすがなコメディ漫画に突っ込んで野暮の極みですが、正確には発表当時には「メインフレーム」との言葉は無かったはずですね。

(中略)

トニカクカワイイ」(畑健次郎)より

 

③だから色々な種類を含みます

では「メインフレーム」には現在どんな種類(アーキテクチャ)があるのでしょうか。

 

大別すると多数派IBM系(IBM富士通・日立)と、全くアーキテクチャの異なる少数派の非IBM系(ユニシスNEC)があり、それぞれ長い歴史があります

 

過去を含めた各メーカーは以下で一覧できます(注:スマホなどモバイルでは表示されません)

ja.wikipedia.org

 

④日本の「メインフレーム=汎用機」はちょっと変

ここで「メインフレーム」の範囲の話に戻りますが、日本では何故か「メインフレームはSystem/360から始まり、汎用機と同じ」との定義が幅広く見られます。

メインフレーム - 誕生と発展の歴史
1964年にIBM社からシステム/360が発表され,コンピュータの第3世代が始まった.(中略)事務計算,科学技術計算を始めとするすべての応用分野をカバーする「汎用コンピュータ」が実現され,汎用コンピュータは「メインフレーム」とも呼ばれた.(コンピュータ博物館

 

メインフレームとは
基幹システムなどに用いられる大型コンピュータシステムのこと。商用メインフレームのベースとなったのは「IBM System/360」。(ITトレンドのIT用語集

 

IBM社のSystem/360シリーズが1964年に発表された。これは種々の多くのアプリケーションを1台で集中実行可能な汎用コンピュータで,現在のメインフレームの原型と言える。(日立製作所

 

メインフレーム・コンピューターは、主に企業の基幹業務処理や大学や研究機関における科学技術計算処理などに利用されてきた「大型汎用機」あるいは単に「汎用機」とも呼ばれる大規模なコンピュータ・システムです。(「メインフレーム・コンピューター」で遊ぼう

 

現在のUNIXサーバーやPCも「汎用」ですが、ここで言う「汎用機」はSystem/360以前の「専用機」との対比語で、つまり同一メーカー内でも商用計算(10進演算)用と科学技術計算(浮動小数点演算)用に分かれてソフトウェアの互換性が無かった「専用機」と対比した「汎用機」です。

 

初期PCで言えば「CPUの8086(10進演算)に、コプロセッサの8087(浮動小数点演算)を追加すれば汎用に使える」みたいなものですね。

 

しかしSystem/360以前のUNIVAC I や IBM 701 なども「企業の基幹業務用」の商用コンピュータなので、日本に多い「メインフレーム=汎用機」の説明は不正確に思えます。

 

以下は想像ですが、当時の日本の通産省や業界はIBM対抗が国策で、仮想敵がSystem/360(とその子孫)だった影響にも思えます。また「第3世代」など半導体視点の分類が非常に多いのも日本の特殊性で、少しハードウェア偏重にも思えます。

 

似た例に「PC/AT」があります。世界的にはPCもソフトウェアも周辺機器も、ユーザー(ソフトウェア)から見た互換性の表記として「IBM PC互換 (IBM PC Compatible)」が一般的ですが、日本では今も「PC/AT互換機」の表現に拘ります。まぁ日本ではIBM PC知名度が低い、ライバルの社名は避けたい、当時はATバスが多くDOS/V前提もWindows表記も「PC/AT互換機」だった、などもありますが、これも日本市場の特殊性で、世界よりもハードウェア偏重にも思えます。

 

現役だけでも色んなメインフレーム

それでは現在の代表的なメインフレーム系列を見ていきましょう。

IBM zシリーズ

トップバッターはやはりこれ。1964年に大ヒットしたSystem/360の子孫で以後の世界トップシェア。日本のメガバンクでは「赤い銀行」や「青い銀行」が使用してます。歴史は以下のサイトがおすすめです。

www.ibm.com

 

富士通GSシリーズ(撤退予定を発表済)

富士通IBM互換路線(いわゆるOS互換)で国内首位です。

 

しかし今回メインフレーム撤退を発表し、ロードマップの図にも「2030年度 販売終息、2035年度 保守終了」と書かれています。

www.fujitsu.com

 

なお「保守終了」と言っても、実際には大手各社は個別見積の延長保守で更に延長できる場合が多いのですが、やはりリスクも考えればユーザーは標準保守終了以前の移行完了が無難でしょう。

 

富士通メインフレームのマスターコンソールでIBMのMVS系OSの表示コマンド("D U,DASD,,123,10" など)がそのまま使えて「本当にそっくり」と思いました(当たり前ですが)。

 

富士通メインフレームは型破りで天才肌の池田敏雄氏の功績が絶大と言われています。

www.fujitsu.com

 

また3代目社長の山本卓眞氏は旧日本陸軍の特攻隊生き残りで、部下の社員を「兵」と呼び、富士通のモーレツ文化を築きました。 

 

なお富士通はコンピュータ専業のためか対IBM全面戦争路線で、IBMスピンアウトのアムダールへの支援、Sun提携、UNIX戦争でのUI陣営、PCでのEISA・NT陣営などもありました。

xtech.nikkei.com

 

更に1980年代頃まではメインフレーム筐体の側面パネルの色も、富士通は赤、IBMは青と、マシンルーム内で勢力分布が一目で判りました(デフォルトの色指定が各社のコーポレートカラーのため)。

 

日立製作所 AP8000(ハードウェア撤退済)

日立もIBM互換路線ですがIBM協調派IBMから技術提供を受けましたが、2017年にはメインフレームのハードウェア製造からは撤退して後継機はIBMメインフレームをベースに独自OSのVOS3を搭載する、と発表しました。

www.hitachi.co.jp

 

日立メインフレームの歴史は以下サイトの「第十五回(2009年8月号) 世界一のコンピュータ製品をめざして」でも触れられていて、I/Oの重要性強調などがメインフレームらしさを感じます。

www.hitachihyoron.com

 

ユニシス ClearPath

ユニシスは日本ではディズニーランドのエレクトリカルパレードのスポンサーで有名ですね。

 

しかし世界的には歴史ある非IBMメインフレームの流れを汲み、大規模用のOS2200モデル(旧UNIVAC・スペリー系)と、中規模用のMCPモデル(旧バローズ系)があり、日本ではBIPROGY(旧日本ユニシス)が提携販売しています。

pr.biprogy.com

 

日本の金融機関も採用していますが、2015年以降は新製品の発表が見当たらないような.....

pr.biprogy.com

 

NEC ACOSシリーズ

国産唯一の非IBM系のNECも長い歴史を持ちます。

 

特に大規模向けのACOS-6系は、祖先はGEのGCOSで、なんとバイトマシンではなくワードマシンです。当時は世界最大の電機メーカーのGEが、後発のIBMの前にメインフレーム撤退して業界に衝撃を与えましたが、その子孫がGEからハネウェル経由でNECに受け継がれています。

 

過去に某金融機関のマシンルームで見たメインフレーム筐体には「NEC」と「Honeywell」の両方のロゴパネルが付けられたダブルブランドで歴史を見た想いでした。

 

しかし!扱えるビットの単位が可変(!)で、9ビット単位の大量データをIBM系に移行すると2バイト(16ビット)に収めるしかなく、ユーザーに「容量が無駄すぎる」と怒られましたが、データ再設計しない限り仕方ありません。独自なのは便利ですが大変です。

 

なおACOS-6のCPUは独自からIntel Itaniumに移行後に独自(NOAR-6)に戻りました。

www.itmedia.co.jp

 

この他に中規模向けのACOS-4や、小規模向けで弟分のACOS-2もありますが、これらはバイトマシンです。

jpn.nec.com

 

NECは「ACOSはまだまだ続けます」宣言を発表しました。

jpn.nec.com

 

ロードマップの図の「次々々機ACOS」との記載はちょっと過剰にも思えますが、NECに限らずロードマップ発表は競合他社からのリプレース攻勢への対抗策でもあります。(ただし損害賠償訴訟防止の「保証ではなく変更の可能性もあります」とのディスクレーマー文言が付いているのも各社同じです。)

 

そして日本のメガバンク勘定系では唯一のACOSとなった「緑の銀行」ですが、次期勘定系にもACOS後継機を使用予定と発表済です(もちろん勘定系の中心部以外はオープン系サーバー群ですが)。

xtech.nikkei.com

 

⑥(おまけ)メインフレームには含まれない中型コンピューター

ところで「メインフレーム」には含まれない中型(ミッドレンジ)にも先進的なコンピューターは存在します。日本では単純に「各社独自仕様のオフコンなんて過去の遺物でしょ」とか思われがちですが少し触れます。

 

例えばHP NonStop(旧タンデム、コンパック)は「無停止コンピュータ」で、全部品の冗長化に加えて障害発生時のデータ損傷ゼロを目指したフォールトトレランス性を持ち、なんというかハードウェアを含んだ全体がデータベースみたいな感覚です。日本の金融機関の対外接続(フロントエンド)などにも使われています。

 

またIBM i(旧System/38、AS/400、iSeries)はIBMの次世代システム(Future Systems)の技術を取り入れて、シングル・レベル・ストレージ(ディスク上のプログラムもメインメモリに移動せず実行できて仮想メモリ不要)、ハードウェアへのRDBMS標準搭載など、かなりユニークです。

www.imagazine.co.jp

 

私が思うメインフレームの本当の特徴は

①身近なメインフレームの影響

メインフレーム由来の技術やトリビアと言えば......

 

また大手銀行のATM入出金も、基本はセンターの勘定系メインフレームトランザクション処理を完了してから結果を返しているので「間接的にはメインフレームを操作している」と言えるかも知れません。

 

②OSが違えばタスク管理も違う

IBMメインフレームの中でも、主力のz/OSの他、中規模向けのz/VSE、オープンなLinux、仮想化OSのz/OS、特殊なz/TPFなど複数のOSがあり、タスク管理なども違います。

 

たまに「いまどきバッチがタイムシェアリングではないなんて!」とかの話も聞きますが、スループット重視ならI/O割り込みの方が有利なのは自然で、要は選択や組み合わせかと思います。

 

IBM

  • z/OS - OS/360やMVSの子孫で大規模向け。ジョブ(JOB)やプロセス(STC)やTSOユーザー(TSU)は、各起動時に生成された独立したアドレス空間内で動くので、堅牢性が高い事が特徴です(複数アドレス空間)。またPOSIX準拠のUNIXシステムサービス(USS)も含みUNIXブランドも取得済です(USSを除いたz/OS自体は技術的にはUnix系とは到底言えませんが、移植には便利です)。
  • z/VSE - DOS/360やDOS/VSEの子孫で、中規模向けでz/OSの弟分。z/OSよりアドレス空間が少なく、ジョブやプロセスなどはアドレス空間内の区画内で動きます。またJCLではなくJCS、TSOではなくICCFなど色々違い、昔からz/OSに統合されると噂されながらも続いているところが互換性・継続性重視の世界ですね。
  • z/VM - CPやVMの子孫で、VMwareXenの元祖のようなオンライン指向の仮想化OSです。仮想マシン(VM)を作成して、ゲストOSとしてz/OSやLinuxや付属の軽量OSと言えるCMSなどを同時に動かせました。このCMSはOS管理のほか、多数を動かせばマルチユーザーの安全な仮想環境が作れるので、今のデスクトップ仮想化のように、教育機関・研究所・社内電子メールなどにも使われました。
  • Linux - IBMメインフレーム上でネイティブまたはz/VM配下で動くLinuxで、SUSEなどが提供してます。専用OSの堅牢性などはありませんが、メインフレームのハードウェアのI/O能力や保守運用が欲しいユーザー向けと思います。
  • z/TPF - 大量トランザクション処理に特化した特殊なOSで、航空会社などで使われています。 

 

富士通

  • MSP - 富士通メインフレーム用のIBM MVSの互換OSとして誕生した。ライバルのMVSは24ビット・アドレッシング(仮想記憶16MB)から、31ビット(仮想記憶2GB)のXA、64ビット・データ空間のESA、64ビット仮想記憶のz/Architectureと拡張しましたが、MSPは31ビット対応までです。

 

(日立)

  • VOS3 - こちらも日立メインフレーム用のIBM MVSの互換OSとして誕生し、基本は31ビット拡張までで、一部64ビット機能があるようです。

 

以下はIBMIBM互換系がまとめて載っていて比較できて便利です。

arteceed.info

 

③現在の信頼性とは

メインフレームは性能と信頼性」と言われますが、現在は規格や製造の共通化も進んで、オープン系と機械自体には極端な差があるわけではなく、残る本当の大きな差は、むしろ地味な設計思想(仮想化、組織役割分担、ロギング、保守性)などと思います。

 

例えばIBMメインフレーム(主にz/OS)では......

  • ハードウェアとプログラムの分離で堅牢性が高い。プログラムからは自分自身のアドレス空間と、データ用の共通メモリ(CSA/ECSA)しか見えず、別のアドレス空間で動く隣のプログラムへの「悪さ」は原理的に不可能なので、バグ・脆弱性・悪意・クラッシュ・ハッキングなども影響最小化されます。これはSystem/360以前からの各種エミュレータ(仮想化技術)や、MVS (Multi Virtual Storage)以降のアドレス空間分離によります。オープン系でも仮想VMやコンテナなどで分離も可能ですが、MVS系では全ジョブ標準です。(これは富士通MSP、日立VOS3なども同じです。)
  • 開発(プログラマ)と運用(オペレータ)も分離プログラマと運用(入出力、使用メモリ上限、優先順位、先行関係など)は、JCLで明確に分離されます。良く「JCLはシェルの一種」との説明を見ますが、オープン系はユーザーがコンピューターを便利に使える事が基本で、シェルは任意の便利機能で、プログラム内でファイル指定もOSコマンド発行もできます。もちろんオープン系でも各種権限を絞って役割分担しますが、考慮漏れ、設定漏れ、脆弱性、運用ミス、セキュリティ攻撃などで差が出たりします。
  • コンソールも分離。OS起動などハードウェア操作はハードウェア管理コンソール(HMC)、OS操作はマスターコンソール、プログラム開発はTSS端末(のエミュレータ)と、こちらも分業です。ISPF/PDFなどTSS端末から一部OSコマンド投入もできますが、基本は分離で、個別に権限付与します。オープン系では権限があれば基本なんでもできて設定やツールで分業するのと、反対の設計思想です。
  • 障害時の原因追及。程度の話なので説明しにくいですが、メインフレームにも障害や原因不明は山とあるものの、各ハードウェアやソフトウェアのログや取得資料がオープン系よりも詳細なため、経緯や内部動作が解明できて原因追及・修正作成できる場合が多いと思います(高価なので当然でもありますが)。
  • 修正時の個別FIX。あまり語られませんが、メインフレームのOSや主要ミドルウェアは、不具合や新機能の修正(FIX、APAR、PTF)を適用する際に、SMP/Eなどのツールで管理して、その前提PTFも洗い出して、必要最小限の修正のみを適用して影響最小化・リスク軽減する事が一般的です(バージョンアップは数年単位で別途計画する)。これがオープン系では、単体FIXはあっても限定的で、累積FIX(フィックスパック、サービスパックなど)の適用しか方法がない場合も多く、変更範囲が増えてリスクが高くなります。(クラウドでは良くも悪くも強制適用が基本ですが)。

arteceed.info

 

④例えるなら

メインフレーム例えるなら電車かな。

 

国や街を作るときに、通勤に普通の自動車を多数使えば、調達も容易で、少ない訓練で済み、急なルート変更も楽々です。しかし電車を整備すれば、莫大な費用と専門スキルが必要ですが、少ない職員が大量の通勤客を載せて環境負荷も少なく正確に運行できます。

 

どちらが良いかは文化にもより、個人の自由を重視するアメリカは車社会、社会秩序も重視するイギリスや日本は電車の比率が高いように、流通業界は安く柔軟なオープン系、金融業界は集中管理でき監査対応もしやすいメインフレームの比率が高いと思います。

 

最初に都市計画を作って進めるか、身軽に個々の課題をクリアし続けていくか、という方法論の違いな気もしますが、リスクは常にある以上、片方が「正解」とか「間違い」と断定はできなと思います。

 

COBOLとバッチで古臭く非効率?

これは両論ありますが、日本では国産メインフレームの機能拡張が止まってしまった事も背景にあると思います。

 

20年前から以下見解がありますが、今も基本は変わっていないと思います。

zシリーズの場合は、オープン系を含めた包括的なソリューションを提供することで、逆に、以前からのメインフレーム系のサポートも続けられる。ところが、そうではない日立、富士通のユーザーはどうするのでしょうか? いわゆるレガシーの問題が大きくのしかかってきていますよね?

 

IBMは、全世界にまたがる多数のユーザーと自らのビジネスを守るために、オープン環境と従来のアーキテクチャが共存できる「zシリーズ」を世に送り出した。この「z」は、C/S方式の脆弱性や運用の複雑化を嫌う世界の大企業ユーザーに受け入れられ、既存のシステムを吸収しながらデータベースサーバーとしての地位を確立しつつある。

 

一方、富士通、日立といった日本のメインフレーム・メーカーはどうしたのか。オープンサーバーの出現でIBM互換機路線と縁を切ることができると考え、早くからオープン環境に適合できるサーバーの開発に傾注していった。当然、既存のメインフレームシステムはアーキテクチャの継続性が保証されなくなり、その時点からレガシーへの道を歩み始めたのである。

 

ascii.jp

 

以下も20年前ですが、似た趣旨かと思います。

日本はメインフレーム大国である(略)日本は世界の中で最もメインフレームを出荷し続けている国となっている。

 

米国のほとんどのメインフレーム・ユーザーは、オープン・ソフトウェアを使っている。そのため、メインフレームが自社の要望に合わなくなれば、すぐにオープン・システムへ移行できるが、日本ではそれができなくなっている。つまり、米国のメインフレーム・ユーザーは、時代に則してオープン・システムに移行できるのに対し、日本のユーザーはメインフレームと心中するしかない状態にあるわけだ。

 

atmarkit.itmedia.co.jp

 

⑥絶滅するの?

10年後にはメインフレームは絶滅する」は、1990年代からマイクロソフトが言い続けていますが、それは技術的見解というより、当時から金融業界や官公庁などへのNT進出に熱心なマーケティングもあったと思います。

 

またIBMなどメインフレーマーは逆に、2000年代以降はあまりメインフレーム(最近ではサーバーも)を前面に出さず、クラウド・AI・ブロックチェーン・量子コンピューティングなどを宣伝しますが、これも企業イメージ戦略を含めたマーケティングでしょう。(ソリューションを提案して、製品やサービスはその中で販売する。)

 

マスコミはマッチポンプで双方に記事を販売でき、メーカーは「自社パンフより中立的」な販促ツールを得て、ユーザーも社内でシステム部門が財務部門などへの説得材料になるという「三方よし」ですね(笑)。

 

そもそもコンピュータは道具なので、オープン系などの汎用機器で済めば通常はその方が有利ですが、差別化として投資する企業がいる事も事実ですし、結果的に成功するかはケースバイケースです。

 

時代と共にオープン系やクラウドの比率が高まるのは自然ですが、メインフレームやオープン系の片方が絶対悪や理想のように言うのは、ちょっとマーケティングに踊らされていると思います。

 

少なくともCOBOLなどの言語自体への批判は見当違いかと思います。COBOLFORTRANに次ぐ元祖業界標準(オープン)言語で、多くの大手ユーザーで現役ですし、多くのミドルウェアでサポートされ続けています。

 

逆に世界的にはメインフレームでCやJavaも多く使われていて、COBOLは単に選択肢の一つにすぎません。(日本では進化が止まってしまったシステムが多く、その言語にCOBOLが多いという話と思いますが、それはCOBOL自体に問題がある話ではありません。)まぁ私はS/370アセンブラーかPL/IREXXでしたが全て忘れました(笑)

 

www.ibm.com

 

(さいごに)

メインフレーム全体で、入門的な記事には以下もあります。これも日本的に、最初のメインフレームはシステム/360と書いていますが。

atmarkit.itmedia.co.jp

 

ブログを書く効率が悪くて2週間かかってしまい話もあちこち飛びましたが、読んで頂きありがとうございました(ペコリ)

 

ウクライナ侵攻:論点まとめと意見

2月24日開始のウクライナ侵攻から2か月経過したが、短期間で首都陥落との予想を覆して主戦場が東部に移って長期化懸念の中、世間の主な論点に意見を書いてみたい。

 

なお私はこの侵攻はロシア側の明白な国際法違反で、即時停戦して撤収すべきと思うし、微力ながらユニセフとUNHCRに寄付もしたが、同時に安易な勧善懲悪や便乗論も問題で、安全保障は本来は理性的・長期的に考えるべきもの、と思ってます。(最終更新 2022/4/25)

 

 

どちらが悪い?

侵攻開始2日に書いたように、ロシア側の純粋な国際法違反としか考えられない。ロシアはブダペスト覚書でウクライナ主権国家と国際的に認めたので、後から歴史的経緯や軍事同盟の選択を理由にして他国の主権を侵害する事はできない。

 

仮に「ナオナチによるロシア系住民虐殺の救済」なら事前(緊急でも直後)に国連に調査団を依頼すべきで、安保理理事国で親ロ派支配地域なら容易な筈なのに動きなく、ロシアも参加のOSCE監視員からの虐殺報告も無いなど、説得力が無い。

 

歴史的背景がある?

歴史の理解は重要だが、それで国際法上の国家主権が軽視できる訳ではない。この点、好き勝手な私論を述べる一部の歴史学者や政治家も困ったものだ。

 

確かにウクライナはロシア、ベラルーシ白ロシア)と共に中世のキエフ大公国をルーツとするが、東のロシアや西のポーランドなど、どの時代、どの関係を重視するかで結論は自在に変えられるので、きりがない。

 

例えば戦前日本でも任那日本府白村江の戦い、更にはジンギスカン義経説などが強調されて大陸進出の正当性を与えたし、逆に日本は中国の冊封(広く言えば属国)を受け入れた時期も長く、東日本や九州・沖縄は本来は原住民の土地とか言えば、日本も昔から純粋な独立国家だった訳でもない。

 

これら歴史の解釈と、近代国際法上の主権国家は分けて考える必要がある。

 

国際法は意味ある?

普段は「国際法は理想論で信じるのはバカだ、国際関係は力だけだ」と公言している論者が、今回は突然「ロシアは国際法違反だ」と口を揃えているのは奇妙でもある。

 

しかし法律の基本は共通ルール(最低限の社会的規範)だ。確かに強盗罪があっても強盗は無くならないし、法を守らせるには権力(強制力)が必要だし、更にどの程度から強盗かとかのグレーエリアや法解釈もあるが、それでも法があるからこそ罪かどうかの基準が存在し、理性的な議論も可能となる。

 

近代国際社会は国際法を基本として、確かに色々不完全ながらも、覇権国家ですら国際法の形で正当性と安定性を確保しているのも事実なので、単純な国際法無用論も万能論も幼稚で、理性的な議論をして欲しいものだ。

 

国連は機能不全?

安保理常任理事国の拒否権の背景は、第二次世界大戦を防げなかった国際連盟の反省で、戦勝国である五大国が将来も離脱しないための敢えて不平等な規定なので、これを無くす事は極めて困難だろう。安保理改革案も単に理事国の増加案がほとんどだし。

 

ただしアメリカのイスラエル擁護など大国は拒否権を多用しており、国連は世界連邦でもないので、不一致ならば機能不全は従来から当たり前で、今回が特別なわけではない。

 

プーチンは狂った?

独裁者は「何をするかわからない」と恐れられる事を望むので、安易な狂人扱いは良くないと思う。

 

残念ながらプーチンは従来からの路線(旧ソ連支配圏でロシア離れが見られた国では、親ロ派とロシア軍による占領・独立宣言・ロシアへの編入依頼)を継続しており、今回は地域がヨーロッパなので騒がれているだけでもある。

 

特に西側でこれらを軽視したのが日本で、日ロの独自外交は確かに必要だが、クリミア占領という純粋な国際法違反を(日本から遠いからと?)軽視したのは問題だったと思う。

 

バイデンは失敗?

バイデン大統領の「NATO加盟国は防衛するが、第三次世界大戦を防ぐためウクライナへの直接介入はしない」表明は「弱腰で、ロシアに自由度を与えて失敗」との批判も聞くが、多分「軍事行動の意図や範囲は隠した方が威圧できる」との古典的発想なのだろう。

 

しかしNATO加盟国以外の戦争に直接介入しないのは、共同防衛条約であるNATOとしては法的に当然だし、プーチン旧ソ連支配地域の件で威圧に引くとは思えない。

 

また自国内の懸念や反戦運動を事前に抑えて、ロシアからの批判にも「直接介入ではない」と言えるので、民主主義(法治国家)陣営のリーダー格としてはスタンス明確化は適切で、現時点でも有利に働いていると思う。

 

NATOはなぜ参戦しない?

NATOは加盟国間の軍事条約だから、まだNATO加盟国でないウクライナの防衛義務はない。

 

仮にロシアがモンゴルに侵攻したり、中国がベトナムを侵略した場合に、いくら国際法違反でも日本の自衛隊が参戦する義務が無いのと同じ。

 

NATOの東方拡大も悪い?

ウクライナでの戦争がNATOの代理戦争的になっているのは事実だが、NATOの東方拡大はポーランドなど各国の加盟要望の結果で、NATO側(特に仏独)はむしろロシアに配慮してウクライナの加盟も遅らせるなど、NATOが積極的に東方拡大を進めた訳ではない。

 

ロシアは旧ソ連諸国を引き留めようと国際相場より低価格の天然ガス供給を続けたが、西欧の魅力の前に離れていってしまった形で、残念なのは判るが、だからと言って軍事侵攻して良い事にはならないし、それでは「兄弟」は復元不可能だろう。

 

なぜ停戦できない?

ロシアの停戦条件が「停戦」というより「降伏」だから。日本への条件に例えるならば「日米安保を破棄しないと行動を起こす」と脅して、侵攻後は「日米安保を破棄して、降伏して、政権を渡して、北海道を譲ること」と条件を更に吊り上げた形で、どう見ても全面降伏で、停戦条件とは言えない。

 

ウクライナ側は単に即時停戦と撤退、つまりロシア側が侵攻前に戻る事を要求している。

 

ロシア軍は民間人を無差別攻撃?

民間人を狙った攻撃は国際法違反だが、残念ながらチェチェンやシリアでロシア軍は民間人への無差別的攻撃も多数報道されているので、ロシア軍としては特殊な行為ではなく、単に「ヨーロッパで兄弟国にも同じ事をするかどうか」だけの話と思う。

 

これは報道側も同じで、同等の残虐行為が中央アジアや中東より、ヨーロッパだと途端に大騒ぎする傾向があるのも残念ながら事実だ。

 

経済制裁は効いてる?

ロシアの防衛策や中国の天然ガス輸入もあり、既に持ち直し説と長期的には破滅説があるが、経済制裁は各国の運用次第だし抜け穴があれば弱まるので予測が難しいが、少なくとも北朝鮮やイランよりは耐えられるのではないか。

 

金融やスポーツのロシア排除は良いのか?

本来は政治や軍事から中立であるべきだが、今回は被害の程度も考えて特別にやむを得ない、というところか。

 

ただし問題(副作用)はある。SWIFTは政治的中立を前提にした国際決済システムなので、今回のロシア銀行の一部排除は約束違反だし、中国などが独自の決済網を拡大して世界金融が非効率になる恐れはある。

 

スポーツも、アラブ諸国から見ると従来より占領者イスラエルとの試合を拒否して、スポーツの政治的中立性規定から処罰を受けてきたのに、今回は欧米がロシア排除とはダブルスタンダードで人種差別、との批判もある。確かに国際世論が欧米視点で日本も影響を受けているのは事実と思う。

 

ロシア軍は弱い?

もともと多くの軍事筋は「投入兵力からウクライナ全土占領は無理だが、首都など主要都市は数日で陥落」との観測だったので、色々な推測が飛び交っている。ジャベリンだけで抗戦できる訳でもなく、仮に当初の電撃作戦は失敗でも、制空権確保が不十分とか、全体の指揮官が不在だったとか、大量の兵器を破壊せずに残して敗走とか、近代化された軍とは思えない。

 

推測の中では、権威主義汚職が蔓延して肝心の装備・訓練の手抜きや横流しが横行していた説が有力なのではないか。アメリカが莫大な支援をして実態が無いイラク軍や旧アフガン軍のように。

 

ロシア軍は現在も兵力で圧倒だが、他国への輸出や軍事顧問の評価は暴落中だろう。

 

ロシア語やロシア料理も悪い?

日本でロシア語の看板や料理店へのクレームも報じられており、愚かしい。

 

ウクライナでもロシア語は地方言語で、ゼレンスキー大統領もロシア語が母語なので、演説も常にプーチンや残虐行為を批判しても、ロシア人やロシア語は批判しないよう配慮している。

 

排斥行為は、むしろプーチンの「ネオナチや過激な民族主義者がロシア系住民を迫害しているから」との主張に正当性を与える愚かな行為だと思う。

 

降伏すべき?

人生観にかかわる話は極論が多いが、最後に決めるのは本人だろう。

 

「まずは人命最優先で降伏しろ」とか「いや、降伏すれば虐殺や強制移住させられる」とか言うが、降伏で100%助かる保証もなく、逆に占領地のウクライナ人が100%虐殺された訳でもない(キーウ近郊の同じ村内でも地区により大差があるようだ)。

 

人類の歴史ではガリレオなど服従した人も多いが、ソクラテスなど自分の命より信条を優先した人もまた多く、アドバイスは自由だが命令するものではないだろう。

 

日本の防衛費を倍増?

防衛予算は周辺の脅威状況を見て長期的に計画整備するもので「プーチンが恐いから倍増」とか「もしプーチンが辞めてソフト路線のメドベージェフとかが就任したら半減」とか、政治家が票目当てで安易に提案すべきものではない。

 

ウクライナの例を見て防衛意識を再認識するのは普通だし、中ロが警告的な行動を増やしているので偶発リスクは増加中だが、実は日本への軍事的脅威は冷戦期より高くないと思う。

  • ロシア・中国・北朝鮮はそもそも対日侵攻能力がほぼ無い
  • ロシアは長期間ウクライナと周辺にリソースの大半を割かざるを得ない
  • 中国が離島侵攻しても反撃容易、ロシア苦戦を見て台湾侵攻も後退か
  • 北朝鮮は韓国より弱小なので、対日は無視で対米の瀬戸際戦術ばかり

 

仮に自衛隊強化なら、高価でアンバランスな対米従属の正面装備お買い物より、まずは定員充足や基本装備改善だし、NATO諸国の装備も当て馬でなく検討すべきではないか。

 

憲法自衛隊明記?

ウクライナは戦力不保持で侵攻された訳ではないので、日本の憲法9条は全く関係ない便乗論。自民党案の自衛隊明記も、憲法は組織名を記載するものではないし、記載しても何も変わらないとの説明ならば、政治家の実績作りだけで意味は無い。

 

日本も核共有?

「日本独自の核武装は大変だが、共有なら容易かも」と思っているのかもしれないが、実現可能性が無く、政治的に無責任な議論だ。

 

NATOの核共有は、英仏より前線に近いのに核兵器保有の独・伊・ベルギー・トルコなどが、アメリカの保有する核兵器の運搬(戦略爆撃機)任務を分担(共有)するもので、核兵器自体の保有の共有ではないし、使用にはアメリカの承認が必要だ。

 

日米安保核の傘では、アメリカが第三次世界大戦のリスクを負ってまで日本を守るか信用できない」が理由の人もいるが、各共有もアメリカの承認が必要だから変わらない。

 

そもそも「アメリカは対日防衛義務があり、核の傘も提供しているので核共有は不要」と主張しているアメリカに「貴国は信用できないから共有させて欲しい」と交渉するのか?アメリカから見れば自由度が減ってリスクが増えるだけで合意可能性は皆無だろう。国内向けのやってる感アピールのために同盟国に迷惑をかけるようなものだ。

 

また核兵器戦略爆撃機の基地は敵側からの攻撃対象になるが、平地が限られる日本は軍事的に有利とはいえない。

 

今後は?

ウクライナの抗戦意思が強く、プーチンも妥協しないはずなので、チェチェンのように10年など長期化しうると思う。その場合はロシア軍は更に消耗して軍事強国とは呼べなくなるかもしれないが、ロシア連邦自体の解体説は可能性が高くない気がする。構成共和国は中央への依存が大きいので独立すれば弱体化しそうなので。

 

可能性が高いのは、東部2州を何割か占領した頃に停戦するが、帰属は絶対に合意できないので分断国家が長期間続く。つまりジョージアモルドバと同じ。

 

プーチン失脚の可能性だが、軍、治安部隊、報道機関、オリガルヒなど部下による財閥、正教会なども広く支配する利権が絡み合った権威主義体制なので、仮にプーチン本人が死亡や追放されても類似の後継者が表れて、社会が短期間で変わるとは思えない。権威主義体制とはそういうものだ。(北朝鮮と同じ)

 

そもそもロシアは中国や北朝鮮とは異なり法律上は民主的な資本主義社会だが、経済不安克服を背景に徐々に政府批判を統制して野党を弾圧して今の社会になった。これはムッソリーニヒトラーやトランプも類似で、どの民主国家も不安を背景に自由を軽視すれば容易に権威主義体制に陥りうるので、自由と民主主義は地道な努力が無いかぎりは続かない体制、と思う。

 

以上

 

ウクライナ侵攻:プーチンの主張と国際法

2月24日にロシアのウクライナ軍事侵攻が始まったが、まずは冷静にプーチン大統領の主張を国際法に照らし、次に現実的な予想と、最後にアホ論批判を書いてみた。(記 2022/2/26、最終更新 2/27)

 

 

1.プーチン国際法

プーチン大統領は侵攻前の2月21日に1時間のテレビ演説でロシアとウクライナの歴史的経緯について述べたが、現時点ではこれが一番プーチンの見解として詳しいと思われる。欧州政治専門家として活躍中の今井佐緒里氏による翻訳(英文経由)より引用。

 

ウクライナは我々にとって、ただの隣国ではないことを改めて強調したい。私たち自身の歴史、文化、精神的空間の、譲渡できない不可分の (inalienable) 一部なのです。

 

現代のウクライナはすべてロシア、より正確にはボルシェビキ共産主義ロシアによってつくられたものであるという事実から説明します。

 

ソ連の崩壊後に(中略)我々の国は、ウクライナの尊厳と主権を尊重しながら、この支援を提供しました。

  

ウクライナには、実際には、真の国家としての安定した伝統がなかったことには留意する必要があります。 

 

ウクライナでは、安定した独立国家の状態が確立されたことはなく

 

ウクライナの人々は、自分たちの国がこのように運営されていることを認識しているのでしょうか。自分たちの国が、政治的・経済的な保護国どころか、傀儡政権による植民地に落ちていることに気づいているのでしょうか。

 

news.yahoo.co.jp

 

どうでしょう。「ウクライナはロシアが人為的に作った国で、ソ連崩壊後に主権を認めて援助したが、その後も独立国家になっていない」(だから侵攻しても良い?)との趣旨の反復で、かなり露骨です。

 

実はプーチン大統領は従来より「主権」の概念を大国主義的に使用して「外国の影響を受ける国は真の主権国家ではない」(真の主権国家覇権国家の米露中くらい?)というような表現を使用しています。

 

ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップがあってこそ保持できる

www3.nhk.or.jp

 

ウクライナには「真の主権」は無いのか?ロシアの属国なのか?

 

プーチン氏は、米軍基地問題について「日本が決められるのか、日本がこの問題でどの程度主権を持っているのか分からない」と指摘。

www.asahi.com

 

→ 日本も限定的な主権国家なのか?(現政府の決定権が不明、ならともかく、他国の主権への疑問とは)

 

当然ですが国連憲章では加盟国の領土保全が明記され、ロシアも加盟国で安保理の常勤理事国です。

 

第2条
この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない

4.すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない

 

www.unic.or.jp

 

もちろん第二次世界大戦以降も国際社会で武力侵攻は多々発生しているのが現実ですが(後述)、それでも多くの場合は「自衛」や「自国民保護」などを名目にしていて、大国が相手国の主権自体を認めない例は少ない。

 

そもそもキエフ公国などの歴史的経緯は国際法上の主権の話には関係ないアメリカ合衆国の領土拡大など領土変更は普通なので、国際法上は最後の変更が合法かどうか(仮に違法と思う場合は少なくとも継続的に抗議しているか)がポイントですね。

 

余談ですが日中韓が領土問題で繰り返している「近代以前の地図にあるから固有の領土」の主張合戦も同じで、国際法上は全く無意味と思います。そもそも「固有の領土」も歴史を遡れば各原住民が住んでいて、更に人類のルーツならアフリカですね(笑

 

近代以降で見ても、ソ連はロシアやウクライナなど各社会主義共和国が構成する連邦国家でしたが、実はレーニン主張の民族自決原則により、ウクライナなどの各構成共和国は名目上は主権を持ち、連邦離脱権もありました。もちろん実際には、特にスターリン後にソ連共産党による中央集権的支配が続いたものの、この規定と各国国家制度があったことで、クーデター失敗後のソ連共産党解体後に各共和国が迅速に離脱して「連邦解体」できたのも事実です。

 

なおソ連当時でもウクライナは(ソ連とは別に)国連に議席を持っており、主権国家扱いされていました(ベラルーシも同様です)。更に余談ですが、レーニン民族自決原則を広めたのがウィルソンで、後にナチスの侵略に悪用されました。

 

そしてここが一番重要ですが、ソ連崩壊後の1994年にロシアはウクライナの「独立的主権」を認めました

ウクライナは1994年12月7日、米国・英国・ロシアなどと「ブダペスト覚書」を締結し、当時世界3位規模であった核兵器を放棄するかわりに、領土の安全性と独立的主権が保障されることになった。(略)この文書は国連安保理が履行を保証した国際的合意

news.yahoo.co.jp

 

上記引用部分の記事内出典元がウィキペディアなのがいまいちですが。

 

 ところでこの合意を米英も守っていないとの批判もありますが、基本は各合意国のウクライナ主権尊重義務で、各合意国のウクライナ防衛義務まである(軍事同盟)と読むのは無理がある。つまり違反は侵攻したロシアだけです。

 

ではプーチン大統領は、上記のブダペスト合意は、どう説明しているのか。

 

2014年3月4日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はブダペスト覚書の違反に関する質問への回答として、ウクライナの現状は革命だとして「新たな国家が起ち上がった時で、しかしこの(新たな)国家との、この国家に関しての、義務的な文書には何ら署名していない」と述べた。(略)ロシアは、米国がブダペスト覚書に違反していると言い出して、ユーロマイダンは米国が扇動したクーデターだと述べている。

 

sn-jp.com

 

ウクライナで親ロ政権が倒れて新欧米政権になったが、それはクーデターで新国家なので、過去の合意は無効だ」という、かなり凄い論理ですね。

 

ロシアが日ソ友好条約を、もはや前提が変化して無効、と時々言うのと似てますが、しかし条約等は国家間の約束で、政権ごとの約束ではない。仮にその国内で違法なクーデターや暴力革命でも同じで、今のロシアが「ソ連の継承国家」として国連安保理常任理事国でいるのと同じです。

 

プーチン大統領の主張は「自国には完全な主権があるが、影響圏の周辺国には限定的な主権しかない」という大国主義・権威主義で、対等な主権を認めたウェストファリア条約(1648年!)以来の近代国際法の原則から逸脱しており、19世紀的な古典的帝国主義で、ロシア帝国ソ連の再来、などと言われて仕方が無いレベルです。

 

なおナチス・ドイツによるオーストリア併合・ズデーテン併合などの大ドイツ主義と比べると、ロシアは現状では「ナチス的なウクライナ政府から迫害されている2州の独立を支援」との主張ですが、2州のロシア系住民にロシア国籍を与えて同一化を進めているなど、発想としてはヒトラーの極端な民族自決1つの民族、1つの帝国、1人の総統)に類似しています。(恐らく「独立」後に「住民投票でロシア編入」が次のカードになるクリミアパターン。)

 

ここまで、ロシアのウクライナ侵攻は、国連憲章にもブタペスト覚書にも反する明白な国際法違反で、力による現状変更(他の主権国家に対する侵略行為)であり、そしてロシア側主張は近代国際法の基準を逸脱している(つまり無意味)、との見解を書きました。

 

しかしウクライナと欧米側も単なる被害者とも言えない

  1. ウクライナは2014年マイダン革命(クーデター)以降の親欧米政権で、少数民族言語の地位縮小などナショナリズムを強化し、少数派のロシア系住民から見てナチス的との批判の余地を与えた。
  2. 欧米はコソボ独立やイラク戦争などで、国連決議を踏まえない武力行使や分離独立承認(力による現状変更)に踏み切り、ロシアはジョージアグルジア)やウクライナで同等の行為をするようになった。

従来は、東ティモールアフガニスタンへのアルカイダ引き渡し要求など国連が介在していたものの、「対テロ戦争」を理由に「欧米有志連合」が国連安保理を踏まえず軍事行動(相手国の主権の軽視)をするようになり、ロシアはチェチェンで、中国はウイグルなどで同様の主張をするようになった。

 

問題はあっても一定程度に有効だった法的秩序を軽視すれば、「自分も同じ事をやって良い」という者が出現するのは時間の問題で、ロシアはジョージアでもウクライナでも「ネオナチ的なナショナリスト武装勢力が住民をジェノサイドしているため、人道的見地から止む無く分離独立を承認する」と、コソボの欧米とそっくり同じ表現を使っています。

 

勿論、A国が国際法違反すれば、B国も違反して良い訳ではありませんが、国際法は国内法以上に裁判所などの仕組みも弱いので、例外を黙認すると形骸化しやすく、現状には欧米側の責任(更には追随した日本等)も一部あると思います。

 

良く「国際法は理想だ、現実は力だ」という人もいて、それも一面の真実ですが、しかしルールを軽視すればいずれ相手も真似し、最後は単なる弱肉強食な無法地帯で、自分が困った時に主張もできず、今回のロシアも批判できません。

 

力を背景にしながらも説得力ある明文化したルール(法)を合意し運用して平時には安定共存を狙うのが、古代ローマ帝国や秦などの覇権国家であり、人類の知恵と思います。

 

2.現実的な予想

テレビやネットでは「NATOが反撃して第三次世界大戦か」など極論も見られるけれど、国際法上は許容できない事態ながら、現実的に見れば(ウクライナには気の毒ですが)「旧ソ連内(ロシア影響圏内)の地域紛争」で、常に偶発戦闘のリスクはあるものの、恐らく以下でしょう。

  1. 空爆で制空権を握り「武装解除・中立化」(=NATO加盟放棄)を強要
  2. 必要なら首都キエフ占領(親ロ政権樹立?)
  3. 必要なら東部2州の親ロ派支配地域に公式進駐、更に2州全体の占領
  4. ウクライナ全土占領は不要(しても一時的か)

 

ロシアは欧米と異なり長期政権で長期戦が可能で、上記2-3は即実行しなくてもカードとして温存し圧力をかけられる。チェチェン戦争では親ロ政権を立てて延々と戦争を続けた(イスラム主義者を敵にしたが「対テロ戦」扱いにした)。

 

他方のNATOは、増強は周辺のNATO加盟国への小部隊のみという外交的&国内向け姿勢だけで、ウクライナでロシア軍と戦う意図はアメリカもNATOも当初からなく、そもそもウクライナ防衛義務は無いので、仮に参戦したら自国民に説明がつかないです。(アメリカでもウクライナ支援の参戦論は低く、バイデンも「民主主義 v.s. 権威主義」は掲げたいが本音は中国に集中したい。)

 

そこで経済制裁はするが、実はロシアにはクリミア侵攻で制裁済で、各国とも大きな追加は困難でしょう。そしてロシアの次の対応を抑止するには、その次の経済制裁も残す必要もありますが、上記のようにロシアは長期戦で「次」のカードも山とあります。

 

ロシア側には占領のコスト(ゲリラ戦による損害の他、ウクライナは欧州貧困国で、既に2州新ロ派支配地域もロシアがインフラ負担中)、制裁による経済失速、国内の反戦運動ウクライナ(更にはバルト三国フィンランドなど)を更に親NATOにするリスクはあるけれど、マスコミを握って国内の政敵は「外国の代理人」(外国のスパイの意味)扱いで国内は安泰、当面は天然ガス高騰で有利、長期的にも本気度を見せた方が交渉も有利、との判断ではないでしょうか。

 

ところで過去のバルト三国ポーランドなどのNATO加盟容認は、当時はロシア経済も上向きで西側との関係改善の期待もあったから、との説があり、経済停滞で国民の不満を外に逸らすとの古典的パターンならば今後も永く続きそうです。(日本も経済停滞後に排外主義的主張が増加しましたが。)

 

3.アホ論への批判

上述のように、国際法的には主権国家に対する許容できない純然たる侵略行為ながら、残念ながら現実には過去に多数ある地域紛争の1つにすぎないのも事実なので、よく聞く無理解または便乗論を批判します。

 

NATO応戦で、第三次世界大戦の危機だ」

  • 上述のようにNATOは周辺国警戒のみでウクライナ防衛義務もない。ロシア軍はウクライナ以外へ行く必要性は無い。黒海などで偶発戦闘リスクはあるが、両者開戦の可能性は常識的には極めて低い。

 

常任理事国による他国侵攻で、国連安保理は機能不全の大事態だ」

  • 残念ながら、全く珍しくなく大袈裟。植民地独立戦争を除いても以下もある。
  1. ソ連(ロシア)のハンガリー動乱プラハの春アフガニスタングルジア、クリミアなど
  2. 米国のベトナムパナマイラクなど(朝鮮戦争は一応国連軍)
  3. 英国のフォークランド紛争
  4. 中国のチベット侵攻中越戦争

 

ウクライナ核兵器を放棄したから侵攻された」

 

「トランプなら断固対抗した。バイデンは弱腰だ」

22日に出演したPodcastでトランプ前大統領はこう語った。

「『これぞ天才だ』という言葉が口をついて出た。プーチンウクライナの……大部分の地域の……独立を宣言した。ああ、見事だ……『なんて賢いのだろう?』。彼はこのまま進み、平和の使い手となるだろう。最強の平和軍だ……我が国の南部国境にもあったらどんなにいいだろうに。私が目にした中で最強の平和軍だ。かつて目にしたことのない数の戦車だった。彼らなら見事に平和を維持するだろう。非常に頭の切れる男だ……私は彼のことがよくわかる。とても、とてもよくわかる」

news.yahoo.co.jp

 

 

「日本も憲法改正が必要だ」

  •  ウクライナは軍保持なので、一国では大国から防衛困難とは言えるが、日本の憲法9条とは関係ない。そもそも9条1項の戦争放棄は、不戦条約や国連憲章と同等の侵略戦争禁止(自衛戦争禁止ではない)、というのが学界多数説かつ政府見解で、数十か国の憲法に類似の規定があるらしい。

 

「日本もNATOに入るべきだ」

 

「日本も核兵器を持つべきだ」

  • これもアメリカが容認しない(アメリカは自国の手足となる各国軍備を要望)。仮に持つならば狭い国土に核実験場や運搬手段や廃棄施設も必要で、NPT脱退すれば韓国・台湾・フィリピン・ASEAN諸国などの核武装ドミノで地域不安定化の恐れも。それともアメリカから自立して自国防衛?
  • 仮に核武装して大国が侵攻した場合、自国内で敵に核攻撃するのか、それとも敵国に運搬できるのか。(なお北朝鮮への攻撃困難は、ロケット弾でソウルが火の海になるためで、核ミサイル開発はグアム米軍への牽制用なので、核保持により攻撃されない訳でもない。)
  • 核武装すれば国際社会で常任理事国(五大国)扱いされる(尊敬される?)と思うのは単純すぎる。北朝鮮やロシアやパキスタンを批判できなくなる。

 

「日本も核シェアリングの議論をすべきだ」

  • 目的は非核三原則の一部緩和のようだが、実現性は低い(ドイツ等の核兵器シェアリングは、NATOが前提で、アメリ保有核兵器を各国が保管・使用できるが、敵国領土への使用にはアメリカの承認が必要など、基本はアメリカの核の傘。また国土の狭い日本では保管基地への攻撃リスクも高い。)

 

以上です。

ネトゲ「ラスバレ」無課金で強くなる(3) 1周年を目前にして

「アサルトリリィ Last Ballet」(ラスバレ)のリリース1周年(2022/1/21)を目前に、完全無課金でどこまで遊べるか、強くなれるか、をゲーム素人ながら試した話です(2021年5月の1回目2021年7月の2回目の続報で、今回で最後です)。

 

もちろん重課金ユーザーと比べると強さは何割か落ちますが、遊べる内容や世界はほぼ変わらずに長くプレイ出来て、中位?ユーザーとして活躍できる印象です。

 

 

1.無課金のコツは?

課金アイテムの石(マギジュエル)の節約(効果的使用)に、前回7月に書いた内容ですが...

  • 使うのは11連ガチャだけ(初期はデイリーの回数倍増もあり)
  • 運営は色々な記念で大量配布して、2週間ほど兵糧攻めのパターンなので、「一定数溜まったらガチャ」ではなく、自分の使用ポリシーを決めておく
  • イベントガチャ(星5割合3%)での特効メモリア狙いは避けたい(単純計算では特効2%なら11連x10回で2枚の割合だが外すリスクも高い)
  • お得ガチャ(星5割合5%、月別メダルやメモリアメダルあり)でメダルを溜めておいて、新イベ開始時にその新イベ用特効を即2枚ほど入手したい(メモリアメダルは有効期限が長いが、月別メダルは短いので新イベ開始日を睨んで)
  • 仮に微課金なら、有効期限の近いメダルがメモリア交換に少しだけ不足の場合や、汎用性ある課金オーダー付が良いと思う

 

どうしても強いメモリアは少な目となり、課金ユーザーとの実力差は出ますが、決定的な差は上記の課金オーダーの有無くらいなので、日々こつこつやればある程度はカバーできる気がします。

 

2.強くなれた?

2021年1月のリリース月から始めた2アカウントとも以下で、まぁ中堅レギオン(チーム)なら末端ですが、下位レギオンならエースも狙えます。

  • ランク 122
  • 総戦闘力 28万(マルチ用ユニット)
  • 総戦闘力 59万(ソロ用ユニット)

 

1カウント当りの所用時間は、毎日デイリーミッションやレジェンダリーバトルの消化の20分、週2~3回は夜の仲間(レギオン)とのマルチバトル(レギオンマッチや外征任務)30分に加えて、週1回ほどイベントや編成見直しなどで2-3時間でしょうか。

 

3.ラスバレは変わった?

2021年7月のハーフアニバーサリー以降に感じたこと。

  1. 自動巡回が楽に。当初から「自動巡回で放置しとけば強くなるゲーム」と言われたものの、スマホは数時間占有で発熱も大変だったが、省電力オプション、各イベントの巡回容易化(最終ステージの1 WAVE化)、スキップチケットの大量発行などで、各段に楽になった(ID引継ぎ機能で、就寝時にPCアプリで巡回し、朝はスマホに戻す事は元々できる。)
  2. 上位アイテムの次々リリース。差別化で必要ながら、レジェンダリーCHARM、レジェンダリーメモリア、衣装レベル14、覚醒メモリアなどが登場して、当初の「どのキャラや武器を選んでも大差ない」気軽さは薄れた(ただ上述のように課金オーダー以外は、無課金でもコツコツやれば順次入手できる)
  3. 深刻な不具合は減少。今もバトル中のアプリ突然死など1日1~2回は遭遇するが、バトル結果の報酬が得られないような痛い不具合(無限Loading)は減った。
  4. ギオン参加者は減少傾向?レギオンリーグでのレギオンメモリア入手など、運営は盛んにレギオン参加誘導しているが、多くのレギオンはアクティブメンバーの確保に苦労している(かたや自動承認だけでメンバー急増レギオンもありますが)

 

4.今後は?

ソロ編成で総戦闘力30万(常設イベントのケイブの最上位ステージ)を超えると、以後のソロのイベントもみなクリア容易な消化試合となって、以後は新イベントのストーリーを楽しむ他は、チーム戦(レギオンマッチ等)しか楽しみがなくなるので、レギオンはガチから完全無言まで色々ながら、相性の良いレギオンや仲間を見つける事が以後も楽しむポイントかな、と思います。

 

(おまけ)

復刻イベント「守護天使の誓い」良かったです!

 

以上です。

映画「アイの歌声を聴かせて」の新しいロボットの描き方

「アイうた」の感想の続きで、AI(ロボット)の描き方について改めて3点。

 

なお早期打ち切りが懸念された本作は、一部ファンによる熱心な布教もあり、なんと公開2か月後の現在(12月下旬)も一部都市で上映中なので公式サイトの上映情報を見て劇場での鑑賞がオススメです(中身の無いこのブログでも「アイうた」感想だけアクセス多めが続いていて熱心なファンが多い印象です)。

 

 

1.IoT(モノのインターネット)が普及した街

多くの方が言及のように、舞台は一見すると平凡な日本のローカル都市ながら、IT会社の実験都市との設定で、自宅の壁カレンダーにも玄関にも田植ロボットにもAI、つまりネット接続のインテリジェントデバイスが組み込まれていて、アレクサのように音声応答で気軽に指示できるのが、今風のIT展開イメージでリアルだ。

 

一番なるほどと思ったのは、ロボットは誰でもスマホらしきデバイスを向けて簡単に緊急停止できること。つまり、故障や暴走の可能性は一定程度は社会に許容されていて、非常時は近くにいる人が気軽に止めれば良い、との超ポジティブな発想で、これは新しいと思う。

 

古典的SFではロボットや人工知能の暴走や反乱防止のため、有名なアシモフの「ロボット3原則」などの信頼性設計や、それにまつわる推理や展開、そして非常停止手段などが大きなテーマだった。つまり高いレベルの安全性の保障の実現が、ロボットの社会展開の大前提とされていた。

 

しかし実は人間は日常的に自動車や医療機器などのリスクも高い道具を、故障すれば停止して交換すれば良いと思って多数使っているので、ロボットも動作中はなるべく近づかず、異常に気づいた人が気軽に非常停止して後はメーカーを呼べば良い、という割り切った発想は、実は実現可能性が高そうで、なるほどだ。

 

 

2.シオンがロボットとの描き方

シオンは緊急停止時に、腹からいきなり角ばった機器を射出して停止するのが凄い(笑

 

水着でもクラスメートにバレない精巧な人間型ロボット(アンドロイド)なのに、「そこだけ古風メカか、んなバカな!」なギャグシーンでもある(強いて考えれば、周囲にも一見して停止済がわかるし、駆け付けたメーカー技術者用のローカル操作パネルや交換可能バッテリとかが入っているのだろうけど)。

 

しかし古典的ロボットの鉄腕アトムDr.スランプのアラレちゃんのようにポロリと首がとれたりはしないし、機器射出時の腹も実は服に隠れて毎回見えないし、社内で多数の機器にケーブルで繋がれているシーンも実はベッドの病人のようにも見える。

 

シオンはロボットだけど、露骨にロボットとの映像は実は無いので、観終わった時には人間が演じた演劇を見たような感覚が残り、何でも自由に描けてしまうアニメの自由度を敢えて抑えて、シオンを含めた若者数名にフォーカスしているようで、うまいと思う。

 

 

3.ロボット(AI)は意思を持つのか?

最後に一番重要な点だが「シオン(AI)は意思を持っているといえるのか」「製品ではなく友人なのか」などの良くあるテーマには映画としての結論が無いのが良い

 

観客は登場人物に立ち合うだけで、そんなテーマは考えずに単に楽しんでもいいし、解釈は観客に任されていているのが、作品として潔いと思う。

 

良くある作品での「ロボットも感情(生命)がある」とか「主人公を助けるために想定外の動き(奇跡)を起こした」などの感情移入用のアニミズムなファンタジーもいいけれど、それでは逆に「いや、ロボットやAIは人間が製造した道具だろう」とか「仮に新生命ならば将来反乱もあるうるよね」とも思ってしまう。

 

しかしシオンは献身的だけど、結局は「命令」通りに機能しただけとも思えるし(実現のためのAIによる自律的な探索・推論・試行錯誤も含めて)、山場で信じられない特殊能力を発揮した訳でもないのが、ツールとしてのロボット(AI)の描き方としてリアルだと思う。

 

観客が感動する対象は健気なシオン(AI)なのか、それとも昔のトウマの「命令」に込められたサトミへの想いなのか。解釈は観客に任されているのが、逆に想像が広がって良い作品と思う。

 

なお監督は幼少期からアシモフのロボットシリーズに詳しく、登場人物のネーミングにも反映しているそうですが、小説「私はロボット」は古典ながら推理小説として面白いです。

www.tsogen.co.jp

 

吉浦監督と大河内脚本へのインタビューでは、最初は歌の要素は無かったというのは驚きですが、ミュージカル主導の作品ではないからこそ、本来のロボット(AI)の描き方の筋が通ったのかなーとも思います。

v-storage.bnarts.jp

 

以上です。

映画「アイの歌声を聴かせて」実は名作説は本当だった

10月29日公開で既に打ち切り懸念の「アイうた」だが、ツイッターで実は名作説が聞こえて試しに観たら、普通にとても良くできた映画だった。騙されたと思って無情報のまま観るのが吉。アニメというより映画ファンに。(最終更新 2021/11/14)

 

ポスターなどの画像は、悪いけどキャラデザ、美術、作画どれもキャッチーでないし、新しさが感じられない、つまり地味すぎ。歌の土屋太鳳のファンだけが行く作品かな、とか思う(失礼

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ところがSNSで一部ファンから熱狂的な評判が聞こえてくる。ほんとか?

SNSで広がる『アイの歌声を聴かせて』の感動!ミュージカルアニメ映画史上最高の名作を絶対に今週末に観てほしい理由 | cinemas PLUS

 

公開2週間後の11月13日、早くも渋谷で上映館が消え、109シネマズ二子玉川でも早朝8:30のみで、館内にはポスターなど皆無の扱いで、10シアター中で一番座席の少ない部屋なのに空席半分の中で観ながら思った。

 

クチコミ人気爆発作品は事前認知度は低くても、「カメラを止めるな!」は一見してうまいカメラワーク、「この世界の片隅に」は原作通りのキャラと映像美、そして「若おかみは小学生!」は全編驚きの作画・美術・音響レベルと、冒頭から誘因力があるのに「アイうた」は冒頭もやっぱりキャラデザも美術も作画も平凡な感じだ。

 

最初は「サマーウォーズ」チックに始まり、少しローカルな普通の街で各デバイスだけ最新AI搭載の描写は今風で良いなーとか、主人公サトミがAIシオンに会ってすぐ秘密を守らねばと思うあたり説明セリフが最少でうまいな、と思う程度だったが、典型的な勘違い嫉妬のヤナ女役で出てきたはずのアヤが教室の画面の左下隅で微妙なリアクションをするあたりから、あれ、実は群像劇で演技が細かいんじゃないの、と。

 

そして「ポンコツAIが引き起こす学園ドタバタコメディ」なのに早々に皆にバレて、残り時間は何するんだーとか思ってると、万能イケメン風なのに悩みもあるゴッちゃん、それを理解はできないままで友人達でもある、マニアなトウマや柔道一直線なサンダーとの会話がリアルでホントにありそうだ。

 

そう、2階に居るシオンをサトミの彼氏と誤魔化すトウマが画面隅ではたかれたり、サトミのためのトウマの歌に「歌詞も違うし」と突っ込んだり、アヤがシオンの身代わりに歌おうとしてすぐ諦めてゴッちゃんに突っ込まれたり、登場人物ごとの背景ある細かいセリフや演技が、画面の端を含めて全編続くのだ。実写なら俳優のアドリブもあるけど、アニメでこれって凄いんでは。

 

とまあ細かい発見は以下の長すぎるタグが面白いし、再発見が沢山あるくらい実は凝っている。

#細かすぎて伝わらないアイの歌声を聴かせてのここが好き選手権 - Twitter Search

 

アヤとゴッちゃんだけで1本作れるのでは、なんてツイートも見かけるようにサブキャラも実在感がある。

 

つまり「アイうた」には、宮崎アニメの超絶作画とか、「天気の子」の主観的リアル新宿美術とか、「竜とそばかすの姫」の魅力的な細田キャラとか、そんな花は一切ない。星間エレクトロニクスのツインタワーの外見は最後まで平面的だし、滅茶苦茶動き回るようなアクション作画シーンもない。

 

むしろ、星間に捕まって個別に説教を受けるシーンで、椅子だけ映ったらサンダーが窓に壁を押し付けられる(単細胞!)とか、ベッドでシオンが眼を開けるとか、無暗に枚数を使わずに効果を出しているのがうまい気がする。

 

観終わってから、この作品は地味なキャラデザや作画や美術で正解なのではと思えて来た。シオンの美少女やゴッちゃんのイケメン扱いも所詮はこの高校内の話だし、「桐島、部活やめるってよ」みたいに普通の高校生の登場人物数名に実在感があれば良くて、アニメで映画してて凄いんじゃないか...とか。

 

なおIT関係者としては、古典的な人間vsロボット対立ではなく、代わりに一般人がみな非常停止ツールを持ってるのは納得感あるし、ファイヤーウォールとかビル全体オフラインとか最低限のセリフでうまく済ませてたし、ラストの「空へ」は歌詞だけでなく、ネットへ脱出では別れにならないし人類の生死をAIが握ったホラーで終わらせない配慮もあると思う。まぁパスワードに誕生日(数字8桁だけ?)は、半沢直樹じゃあるまいし、今ではありえないが一瞬のセリフなのでご愛敬スルー。

 

まぁ巨大企業とのバトルはちょっとテンプレ感だけど、最後のカタルシスには仕方が無いし、単純な善悪では終わらないし。

 

そしてミュージカルだけど単なるファンタジーパートではなく、劇中で実際に歌ってるシーンだし、歌詞がいちいち話にシンクロして、エンドロールの後まで旋律が残るのが良い。

 

最後にネタバレは避けるが、AIものなので、やはりアシモフの古典的SF名作「私はロボット(われはロボット)」や、その影響を受けた手塚治虫の「火の鳥」シリーズ、そしてスピルバーグの映画「A.I.」などに流れる、ロボットは果たして自己学習(自己進化)ができるのか、できるならばそれはもはや生命(友達)と言えないのか、といった哲学的発想も共通するし、また作中ではそんな話に触れないのもいいと思う。今もいるのかもって夢があるし。

 

そして一般的日本人が最初に身近な学習型AI(育成ゲーム)としてすりこまれたのは、やはり「たまごっち」と再認識させられた。(オタク向けには赤井さんキャラのPCゲーム「プリンセスメーカー」が先でしたが。)

 

という訳で、地味要素満載ながら、実は映画好きにはお勧めしたいし、伏線回収の嵐なので映画館でじっくりが向くけど、果たして打ち切りか逆転ロングランか注目されますね。

 

PS. これ書いてる途中でTV CFを初めて見たけど、やはりとっても地味~(苦笑

 

(了)