政治関係の議論を横から見ていると、用語の意味の違いに気づかずに揉めていることが非常に多いと思う。でも用語の意味を知れば、自分の認識や世界も広がる。そこで「世間での意味」と「本来の意味」を比較して、簡単に書いてみたい。
(最終更新:2020/5/30)
- はじめに
- 左翼・右翼
- 民主主義
- 権威主義
- 共和主義
- 自由主義
- リベラル
- リバタリアニズム
- 資本主義
- 社会主義
- 共産主義
- アナキズム(無政府主義)
- 保守主義
- 帝国主義
- ファシズム
- ナチズム(国家社会主義)
- 全体主義
はじめに
- 用語は対比先が普及してから生まれる。例えば幕末に「洋服」や「洋食」が入ってから「和服」や「和食」の用語も普及した。「本来は何に対する用語か」はポイントと思う。
- 「~主義」は「イズム」の訳なので、思想以外にも状態や傾向を含んでいる。例えば「民主主義」は思想の他、状態や制度を意味することもある。
- 用語や分類はあくまで便宜上のもの。自称を含めて時代・立場・解釈で変化する。そもそも人間やその思想は単純に1色ではなく色々混ざっている。また日本では、その言葉が輸入された時点の影響(認識)が強いと思う。
左翼・右翼
- 多くの事典や辞書でも「左翼:社会主義、共産主義」「右翼:国家主義、民族主義、国粋主義」など、表面的な説明が多い。
- 本来の意味は「左翼:理性を信じる進歩(革新、革命)主義」、「右翼:左翼に懐疑的な保守伝統主義」(左翼が台頭して右翼が明確化される)
- 左右はフランス革命の議会の座席より。当初は「左:自由主義。右:王党派」で、次第に「左:革命派。右:自由主義」に変化した。また当時は「ナショナリズム」は革命派(左翼)。つまり、その時代で「進歩的・革命的」と認識されているものが「左翼」で、その反対者が「右翼」。中身は時代により変わる。50年後は更に入れ替わっているかも?
民主主義
- 「選挙と多数決」の事と思っている人、逆に「熟議、少数意見尊重、デモなど直接的な民意反映」と言う人がいて、話がかみ合わない例が非常に多い。
- 本来の意味は「貴族支配」(優秀とされた少数者による支配)に対する「多数者(人民、大衆)支配」。
- 多数者支配のために、共通のルール(制度)として選挙・議会・多数決があり、その実質化のために熟議・少数意見尊重などの運用(プロセス)もある。逆ではないし、一部でも無意味。選挙は北朝鮮にもあるし、未来の電脳化社会なら投票・議会は不要な民主主義かも。しかし選挙は「優秀な少数者の信任投票」(実質貴族と万年平民)に陥りやすく、また「民意の直接反映」は暴政(多数派による少数派への専制)に陥りやすい。つまり制度が無いと混乱や人治に陥り、制度はあっても適切な運用が無ければ形骸化するので、本来の目的である「多数派支配の継続(実質確保)はどうあるべきか」の趣旨を踏まえないと民主主義は意味が無いと思う。
権威主義
- 「権力に従う、権威をかりること」みたいな認識があるのでは。
- 広く「非民主主義」のこと。
- 権威主義は、絶対君主制(サウジなど)や事実上の一党独裁制(中国など)の他、「制度は民主主義だが実際は違う」(ロシア、トルコなど)も含む事が多い。また「権力」と「権威」は違う。大統領や社長は公式な権力(軍事力、人事権)がある。しかしローマ教皇は宗教的権威、多くの君主は伝統的権威、戦争や革命の指導者は実績上の権威があり、公式の権力は無くても影響力がある。つまり公式な支配力は権力、非公式な支配力は権威。「実は支配されている」は権威主義。権威主義は政権側だけではなく、思想や集団ごとに存在するし、程度の問題でもある。
共和主義
- 日本では認知度が低く、「アメリカ共和党の政策」と思っている人も。
- 本来は「君主国」(私物の国)に対する「共和国」(公共の国、君主がいない国)を目指す考えや、共和国成立時の政治思想。
- 君主国では(形式的にせよ)国も人も君主の私物。共和国(リパブリック)の語源は古代の共和政ローマ。フランス革命後の共和国で国庫を分離して近代的な国民国家が生まれる前は、国庫=君主の私費(家族経営)。イギリスでは今も、国や軍は国王のもの。なお日本の天皇は「象徴」で政治権力が最初から全くない(君主の定義に収まらない)ため、日本は既に共和国という説もある。
自由主義
- 単に「自由を尊重する」と思っている人が多い。
- 本来は「宿命論」(運命論、身分制など)に対しての「人間には理性があり選択する自由がある」(自己決定権、個人主義)。
- 人を共同体の身分ごとではなく、独立した個人として扱う。理性主義が前提なので、初期には制限選挙(一定の身分・資産・教養)の根拠にも。政治的な自由主義は、宗教の自由や言論の自由から始まり、参政権や社会的自由権(健康で文化的な生活を営む自由)などに拡大した。経済的な自由主義は、私有財産を保護して、土地など公共財を私有化していく(後の資本主義)。
リベラル
- 「実質左派のこと」などのトンデモ認識が多い。
- 本来「自由主義(的)」の意味しかない。
- アメリカで民主党主導のニューディール政策や公民権運動などを指す表現として広まった。しかしヨーロッパや世界では「リベラル=自由主義」のまま。アメリカのリベラルも、お互いの自由を認めるには寛容が必要、政治的自由には一定の経済的支援も必要、など基本は自由主義。ただし政府による一定の干渉を認める(大きい政府)ところが、リバタリアニズムと異なる。(そもそもアメリカは「自由主義」同士の二大政党制なので、区別のために「リベラル v.s. 共和主義(またはリバタリアニズム)」という特殊表現が普及した。リベラル(寛容、社会的公正)の概念自体は良いが、状況が異なる日本で政党の対比で使うのは不適切と思う。)
リバタリアニズム
- 日本ではあまり聞かない。
- アメリカで「リベラル」に対して本来の自由主義を強調した用語。自由至上主義などと訳される。
- リベラル的な政治を「大きい政府」と批判して、個人主義・市場主義を徹底。極端な立場では地方分権(反連邦)、規制撤廃(銃、麻薬、ポルノも)、民営化(行政、教育、警察、軍も)、納税廃止(資産家の自発的寄付のみ)、中央銀行廃止(貨幣は各都市などが発行)、他国不介入(海外軍撤収)など、かなり革命的だ。
資本主義
- 単に「市場経済」(非社会主義)のように使われている
- 本来は「自由主義」に対しての社会主義者による批判語(資本家も含め資本に支配されている、との意味。)
- この「資本」は、単なる市場経済(交換経済、商業資本)全般ではなく、産業革命以降の産業資本で、個々の資本家の手を離れて自己増殖する。だから「資本主義が良い」などの表現は少し違和感がある(私だけ?)
社会主義
- 日本では「社会主義=共産主義=ソ連」の認識が強い。辞書・事典も「生産手段の社会的所有」などマルクス主義と同じ説明が多い。(幕末や明治の印象)
- 本来は土地など富の私有化(個人化、資本主義)の弊害に対して、(個々人のモラルなどではなく)社会で対応しようとする発想
- 当時は労働者保護、義務教育、社会保険、失業保険などは全て「社会主義的」。現在の社会主義政党の国際組織「社会主義インターナショナル」は反共。ある意味で今の資本主義は、実は半分は社会主義的(社民主義、混合経済)と思う。
共産主義
- 日本では「共産主義=ソ連」の認識が強い。
- 本来は「コミューン」(共同体)による財産共有
- 「資本主義(私有化)で破壊された、伝統的な共同体による共有の復権」という意味では保守主義。「経済的隷属から人間を解放する」という理想では自由主義、「資本主義の制約(当時は個人所有、恐慌)を除去して更なる生産力発展」の目的では進歩主義(左翼)。なお「共産主義」には主に以下の3つの意味がある(従って「反共」も、どれを指しているのか要注意。)
アナキズム(無政府主義)
- 訳のせいか「無政府主義にする」「爆弾を投げる極左」のイメージ
- 直訳は「反支配主義」で、ある意味では自由主義
- 左派ではマルクス主義の統制を批判して(アナボル論争)、自主的な共有社会を目指す。右派ではリバタリアニズムとも言える。1960年代のヒッピー文化、現在の反グローバリズムなども。自由主義と同様に、単純に「右翼・左翼」に分類できない。
保守主義
- たまに「改良や改革もするので保守ではない」などという人も
- 近代保守主義はフランス革命への批判としてバークが理論化した。「人間は不完全なので、理性のみに頼るのは危険で、伝統的な積層(身分制など)も尊重」。
- 大きな分類での「進歩派 - 保守派」なので、「保守派は改良を一切しない」とか「進歩派は 伝統を一切尊重しない」のような極論ではない。なお革命後には革命派が「保守派」になるので、「保守=政治的な右派」とは限らない。(中国では左派の毛沢東主義者が「保守派」、イランではイスラム共和国主義者が「保守派」と呼ばれ、各反対派は「改革派」など。)
帝国主義
- 「帝国(皇帝の国)による支配」との誤解が多いと思う。
- 「帝国」の語源は古代ローマ帝国(共和国)で、広大な地域や民族を支配する国のこと。「皇帝」とは無関係(例えば「大英帝国」は王国)。またヨーロッパの「皇帝」はローマ帝国継承の自認で、中華秩序(王より皇帝が上)とも無関係。本来は良い意味でも使うが、レーニン以降は特に批判語となった。
ファシズム
- ヒトラー(ナチズム)から「民族主義・軍国主義・極右」との連想が多いのでは。
- 本来はムッソリーニ(ファシスト党)の思想。語源は古代ローマより。(ヒトラーはファシズムとは自称せず、中身も結構違う。)
- ムッソリーニのファシズムは、元は愛国的な社会主義(黄色社会主義)で、反王政・反教会(共和主義)、反共、ファシスト評議会(コーポラティズム)、植民地獲得(ローマ帝国の再建)など、左右の要素が両方含まれる。国家を重視(民族ではない)。政権獲得後に保守派(国王、教会)と妥協。しかし主に社会主義者がナチスを含めて「ファシズム」と呼んで批判した。
ナチズム(国家社会主義)
- これも「民族主義・軍国主義・極右」との連想が多いのでは。
- 基本はヒトラー(ナチス)の思想。
- 当初は社会主義の傾向が強く(ナチス左派)、後にヒトラー独裁(指導者原理)となり、他党を解散して国民投票を多用、公共事業で経済回復。ムッソリーニより民族を重視(国家ではない)。なお「国民社会主義」との訳もあるが、内容は「国民」より「民族」(民族自決としてオーストリア・ズデーテン併合、民族共同体の東方生存圏として植民地を要求、迫害されたユダヤ人の多くはドイツ国籍。)
全体主義
- 「ファシズム、ソ連」との連想が多いのでは。
- 基本は、右のファシズムや左の共産主義をまとめて、反民主主義・監視社会と批判する用語。
- ちょっと経緯が長い。元は「全体戦争」(総力戦)の類推語で、初期にはイタリアのファシストが良い意味で自称したが、第二次世界大戦後に東側の「反ファシズム戦争」に対して、西側が冷戦で「ファシズムと同様にソ連も民主主義の敵だ」との意味で普及させた。オーウェルの「動物農場」と「1984」が全体主義の代名詞的な小説。左右を跨り、科学技術を活用するためか、SFでも良く使われる。
とりあえず。