らびっとブログ

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望月三起也「ジャパッシュ」に見る独裁政治の作り方

アメリカ黒人暴動に乗じた独裁日本の対米侵攻が出てくる望月三起也の「ジャパッシュ」(1971年)は、エンタメで「独裁政治の作り方」を描いていて今読んでも面白い。子供時代に「ワイルド7」より衝撃を受けたけど、今でも魅力だ。

 

eBook電子書籍版(全2巻)の表紙(コミックシーモア)- 別の意味でアブナイ表紙に見えてしまうけど健全です(^^;

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和製ヒトラーの元祖?

 

ヒトラー的独裁者はチャップリンの映画「独裁者」(ヒトラー全盛期の1940年!)をはじめ、手塚治虫の漫画でもナチス風のスタイリッシュな(時に苦悩する)悪役が沢山登場する。

 

しかし子供用エンターテイメント漫画で日本を舞台にヒトラー的独裁者の成立過程を詳細に描いたのは「ジャパッシュ」が最初だったと思う。

 

なお、より三島由紀夫風の独裁権力者の神竜(後の「キルラキル」の鬼龍院皐月のモデル)が登場する池上遼一の「男組」は1974年連載開始で、ブラックギャグながらヒトラー風の町内掌握過程を描いた藤子不二雄(A)の「ひっとらぁ伯父サン」は1979年と、ちょっと遅い。

 

時代背景

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1971年の作品で、3年未来の1974年を描いている。1970年 安保闘争、1971年 成田空港闘争激化までが事実で、1972年以後は空想だ。しかし実際に1972年 あさま山荘銃撃戦やドイツ赤軍の要人襲撃、1986年 日本赤軍三井物産支店長誘拐事件などもあり、自衛隊の治安出動は政府内で1969年にも検討されており、1971年時点では現実味ある。

 

なお「またも乗っ取り、キューバへ」は、1970年 よど号ハイジャック(北朝鮮着陸)を踏まえている。(具体的事件はぼかしていると思う。)

 

また1970年の三島由紀夫事件(自衛隊クーデター呼びかけ)も、日向の演説などに影響が。(絵柄はどうみても第三帝国ですが。)

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「美しさ」が重要

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悪役の日向は空前の美形、それを追う幼馴染の石狩は火事で醜悪な顔、との対比だ。

 

日向は金も成績も無いが、顔を武器に女性を利用し、創立した民兵組織「ジャパッシュ」の行進者は美男のみで、警察には「見た目のよいお人形ごっご」と油断させ、後に選挙やイメージ戦略に大活躍する。日向の絵柄はピーターがモデルのようで、女性からの人気も芸能人のようだ。

 

大衆支持による独裁者にシンボルやスタイルは重要だ。ムッソリーニは「黒シャツ隊」、ヒトラーは「親衛隊」(SS、身長170cm以上)で、女性と若者の支持が圧倒的だった。三島由紀夫は「盾の会」で女性誌などでのアピールを繰り返した。支持層はインテリではなく庶民なので、人気者で、演説は単純明快でなければ受けない。良くも悪くもポピュリズム

 

ジャパッシュの制服や小道具も基本はナチス風だが、ダブルボタンは盾の会にも似ている。

 

まずは忠実な女性と部下を得て、企業に恩を売って組織拡大する。警察や政府はジャパッシュを都合よく利用しようとして、逆に利用され、最後は支配されてしまう。ヒトラーを利用しようとした政治家・資本家によるヒトラー政権獲得から、国会議事堂放火事件と大量検挙までは1か月弱なのだ。

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ところでこの作品は、悪の日向の出世物語が読者に大人気になり、作者が中断した。しかし正義の味方の側の石狩が、外見だけはいつもの正義風なのに、「冷静 - 感情的」のキャラクター対比のためか、個人的恨みで日向を発見次第に不法に殺そうとする、一般人の巻き添えも辞さない「危険人物」すぎて、これでは感情移入できないと思う。

 

独裁の土壌

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義理と人情は、美学でもあるが、宿命論のように人間を縛る。日本の政界では今でも「恩を忘れた、弓を引いた」と言われると致命的。本来は「現在、国民にとって良いかどうか」が、変わってしまう。

 

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日向に従った部下の自死は、実は目撃者がいたが、面倒ごとを避けて通報しなかった。また日向が危機に陥った裁判では、裁判官がクーラー故障の暑さに耐えられずに安易に無罪にしてしまう。

 

映画「ニュールンベルク裁判」のラストシーン(当時は仕方が無かった、と論理的に訴える元裁判官に対して、一言「でも、あなたの判決ではじまったのです」)を思い出す。

 

もし自分だったら別の選択をできただろうか。人間としてこわいシーンだ。

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中国や欧米からの舶来に学び、民主主義も上から与えられた歴史から、勤勉だけど従順で同調圧力が高く、自分の考えは控えめ、というのは支配側には好都合ですね。(逆に活字を禁止して愚民化するのはブラッドベリのSF「華氏451」ですが。)

 

左右の取り込み

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「独裁=一方的弾圧」とは限らない。大衆支持安定化には支持層拡大が必要なので、左右にウィングを広げる必要がある。

 

日向は警察に協力して警察権を得ながら、デモ隊鎮圧は避け、「徴兵制を避けるには自発的なジャパッシュでの活動を」などと訴えて左派学生を取り込んでしまう。相手の心配事に触れて、協力したいと言うのは説得術の基本だ。

 

ところでデモ隊の各党派ヘルメットも遊びが入っている。

 

(そのまま)

 

(お遊び)

 

政府の上から「指導」

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「独裁者=自分が政府になる」ではなく「独裁者=政府を指導する」。この1頁は凄く判り易い。単に政府になると、以後は忙殺されるし、政府見解に縛られるし、失政の責任も取らないといけない。独裁者は1人で全権限を持っても、全部を自分でやっては機能しないし、仮に出来ても続かない。

 

しかし昔の君主は、細かい事は議会や政府が行うが、大きな方針は指示する。

  

民衆支持を背景に、キングメーカーとなり、自分は日常業務で手を汚さず、国民に受けの良い事だけ言えば良い。各国君主を破門できる全盛期のローマ教皇のようなものか。

 

侵略前の分断推進

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キング牧師暗殺後に勢力拡大したブラックパンサーらしき文字と旗が見える(かわいいが)。

 

侵略の前に、相手国の分断を拡大して介入の口実とするのは古今東西共通だ。分断させ、独立を煽り、支配後は抑圧する。戦争は平時前から始まっている。

 

 

(お遊び)作者ネタ

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「雨印アイスクリーム」など単純な言葉遊びから、少しひねったものまで。ジャパッシュの形式上の指導者「丸目」だが、作者本人としか思えない。「二世部隊もの」は「二世部隊物語」だろう。それに「絵描きが指導者」なので警察に警戒されないのは、三島由紀夫の「盾の会」が事件までは作家のお遊びと軽視されていたのと似ている。

 

 

 

(作品の魅力)日常に潜む秘密基地

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望月漫画はデフォルメ最低限の軍用車が日常的な建物に突っ込むシーンが無暗に多い(さすが模型ファン)が、ここは新宿駅西口の山手線の有人改札が実は対戦車用ライフルの銃座という、特にぶっとんだアイディアだ。形からの連想としか思えないが、何故戦車が苦手な市街戦でわざわざ複雑な建物に突入するのか、対戦車ライフルで61式戦車の正面が貫通できるのか、こんな頑丈な改札は通勤客が変に思う、などと当時中学生ながら「でたらめすぎる」と思いながらも、その空想力にはたまげたし、秘密基地的でわくわくした。射手もなんか楽し気だ。

 

同様に、「ダイナマイトは食べれば甘く羊羹と同じで、どんな形にも変形できる」と羊羹に擬装したダイナマイトも登場するが、まさか。可塑性の爆薬ならプラスチック爆弾ではないのか。いまだに悩んでいる。

 

 

そして最後に

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最終回の最後のコマ。この老婆は「ワイルド7」でも途中から出てきていたような。

 

映画「戦争のはらわた」ラストのブレヒトの言葉を思い出す。「諸君、あの男の敗北を喜ぶな。世界は立ち上がり奴を阻止した。だが奴を生んだメス犬がまた発情している。」。歴史は繰り返す

 

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これは単行本での作者メッセージ? 子供向け視線で、現実世界に繋げているのがいいですね。

 

最後ながら、なるほどと思った感想文を。

 

漫画化の田川さん。政治の戯画化でなく、政治自体の演劇性とは、なるほどです。

 

blog.goo.ne.jp

 

ちゃんとした説明と、最後の一文がなるほどでした。

 

(了)