自民党総裁選の各候補者からデジタル庁/データ庁/DX推進委員会などが提唱されている。IT関係者としては、行政のIT推進は必要だが新省庁設立は愚策と思う。
まとめると
- 日本の行政はIT後進国(IT推進が必要)
- しかしITはただの道具(現状の原因は各省庁の文化)
- 新省庁は無意味(原因を変えないと無意味、下手すると業界ばらまき)
まず今回の構想は政府のお粗末な新型コロナ対応にある。急造した給付金オンライン申請システムが実用にならず混乱して却って遅延要因になった。感染者数がFAX台数不足のパンクで把握できない、計上基準も不統一、などだ。(話題となった目先の対応を大きく取り上げるのは最近の政治の悪い特徴と思うが、ビジネス期待で経営団体は賛同だ。)
しかし日本の行政のIT後進性は元々だ。部分的にオンライン化しても、縦割りは変わらず、結局紙を併用しないと申請できなかったり。
例えば新型コロナの給付金申請は、韓国ではオンラインで数分(給付もクレジットカードに即時)、欧米の郵送でも2週間程度。そもそも韓国は引越し時の申請(市役所、警察、運転免許、小学校など)もオンライン1回で済むが、経済危機の時にIT化を進めた成果だ。エストニアでは脱税防止のため全国民の収入が相互にオンライン確認でき、国政選挙もオンライン投票できる(私はいずれも賛成)。
ITは道具なので、情弱格差/停電/災害/セキュリティなど課題もあるが、利用者側/運用者側の双方の手間/費用/環境負荷や、検索/保管/複製/再利用の容易性もあるので、利点と難点を比較し進めるべきと思う。(紙も紛失漏洩や災害消失もある。)
ITの話では「政治家や官僚はバカ、優秀な人に替えるべき」論が多いが、政治家や官僚が技術に詳しい必要は無い。提案された活用方法をオーナーとして選択/調整/決定するのが仕事だ。逆に技術者には政治的な調整/決定はできない。
日本の行政でIT化推進が進まない原因は、行政内の司令塔/予算/技術者の不足ではなく、各省庁の文化にある(縦割り、前例踏襲、減点主義、紙・ハンコ文化など)。
司令塔/予算/技術者(協力IT企業)は過去に多数あるが、皆さん覚えているだろうか。
仮に「優秀なIT大臣と技術者」を集めてデジタル庁を作っても、各省庁が不服従/骨抜きにすれば意味が無いし、協力が無ければ構築できず、無理に押し付けても使われなければ意味が無い。(多額の予算を投じた共通システムに省庁の利用がほとんど無く無駄との報道もある。)
省庁横断なら総務省、それ以外は各省庁がオーナーなので、更にデジタル庁を新設しても、役割分担や縦割りが複雑になるだけではないか。
各省庁の文化も一応理由はある。減点主義だから前例踏襲でないと評価されない、改革すると前任者である上司先輩のメンツや利益構造を潰す事になる、紙/ハンコでないと万一の訴訟時のリスクが高いし、紙/ハンコ前提の多数の規則の修正は手間がかかり評価されない。そもそも費用/人員削減より予算/人員増が評価される、短期で配属替えなので業者任せになり内容が理解できない(責任回避で意図的に無知でいる)などなど。
本来この各省庁文化を長期継続的に改善すべきで、それは期間限定の新省庁にはできないと思うし、するなら総務省(せいぜいIT担当大臣)の役割と思う。(復興庁のように期間限定なプロジェクトならともかく、IT推進は「最新システムを作って終わり」ではない。)
最近新設の消費者庁も、各省庁はエースを送り込むはずもなく、現場の国民生活センター出身者とは視点が異なり、残念ながらうまく回っていないと聞く。ましてデジタル庁は何年存続するかも怪しく、省庁はシステムを将来使い続ける立場だ。そんなデジタル庁からの指示は面従腹背だろう。
菅内閣は安部内閣と同様の経済産業省主導と予想され、デジタル庁もその影響下となるのだろう。旧通産省は第五世代コンピュータ、シグマ計画、エルビーダメモリ、ジャパンディスプレイ、和製検索エンジンなど多数の日の丸プロジェクトに多額の予算を投じては、その業界を潤して延命させただけで成果がほとんど残らないという長年の実績を持つが、今回も同様の業界ばらまきプロジェクトに終わらない事を祈りたい。
そのためにはマイナンバーのように「将来性ある新規システムを多額の予算を投じて作ったけど、普及しないので今後も推進予算を投じます」ではなく、より根本的な「各省庁の文化自体を、省益優先から利用者優先に変える、評価基準も見直す」にしないと意味が無いと思うのでした。(これが本当の意味の行政改革。)
そして Society 5.0 とかのバズワード(煽り文句)に騙されないこと。用語の意味を判って使い分けるならいいが、IT業界には新しものアジテーターも多い。
「日本の行政はメインフレームやCOBOLを使い続けるから駄目」論も良く聞くが、これらは民間でも現役で、単に新技術を推したい/売りたいだけの場合が多い。各要素技術はメリデメに応じて選択すれば良いだけで、最新技術至上主義者も困りものだ。(時代に応じて、メインフレーム、クライアント・サーバー、オブジェクト指向、分散技術、Web技術などがトレンドとなったが、結局は適材適所や、全体最適と部分最適のバランスと思う。)
どの業界も基幹システムは枯れて安定した技術を組み合わせるし、行政ワンストップ・オンライン化は20年前の技術でも十分できる(日本はやらなかっただけ)。技術の問題ではなくオーナーの文化の問題で、そこを変えない限りは意味が無い。
(2020/9/19追記)
菅政権がスタートし、デジタル化はマイナンバー普及に矮小化されそうだ。しかも現在のマイナンバーの使い勝手が悪いのは、情報漏洩対策で個人情報の紐づけを最低限にしいる(そのため個人口座には紐づけされていない)ためだ。つまり再検討対象は業務要件自体で、IT専門家を集めても意味が無い。
(参考)
・韓国の行政IT(オンライン ワンストップ)
・エストニアの行政IT(全国民情報のデジタル化)
・e-Japan戦略(ほぼ成果なし)
・i-Japan戦略(ほぼ成果なし)
・通産省の第五世代コンピュータープロジェクト(大失敗)
(了)