らびっとブログ

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ウクライナ侵攻:プーチンの主張と国際法

2月24日にロシアのウクライナ軍事侵攻が始まったが、まずは冷静にプーチン大統領の主張を国際法に照らし、次に現実的な予想と、最後にアホ論批判を書いてみた。(記 2022/2/26、最終更新 2/27)

 

 

1.プーチン国際法

プーチン大統領は侵攻前の2月21日に1時間のテレビ演説でロシアとウクライナの歴史的経緯について述べたが、現時点ではこれが一番プーチンの見解として詳しいと思われる。欧州政治専門家として活躍中の今井佐緒里氏による翻訳(英文経由)より引用。

 

ウクライナは我々にとって、ただの隣国ではないことを改めて強調したい。私たち自身の歴史、文化、精神的空間の、譲渡できない不可分の (inalienable) 一部なのです。

 

現代のウクライナはすべてロシア、より正確にはボルシェビキ共産主義ロシアによってつくられたものであるという事実から説明します。

 

ソ連の崩壊後に(中略)我々の国は、ウクライナの尊厳と主権を尊重しながら、この支援を提供しました。

  

ウクライナには、実際には、真の国家としての安定した伝統がなかったことには留意する必要があります。 

 

ウクライナでは、安定した独立国家の状態が確立されたことはなく

 

ウクライナの人々は、自分たちの国がこのように運営されていることを認識しているのでしょうか。自分たちの国が、政治的・経済的な保護国どころか、傀儡政権による植民地に落ちていることに気づいているのでしょうか。

 

news.yahoo.co.jp

 

どうでしょう。「ウクライナはロシアが人為的に作った国で、ソ連崩壊後に主権を認めて援助したが、その後も独立国家になっていない」(だから侵攻しても良い?)との趣旨の反復で、かなり露骨です。

 

実はプーチン大統領は従来より「主権」の概念を大国主義的に使用して「外国の影響を受ける国は真の主権国家ではない」(真の主権国家覇権国家の米露中くらい?)というような表現を使用しています。

 

ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップがあってこそ保持できる

www3.nhk.or.jp

 

ウクライナには「真の主権」は無いのか?ロシアの属国なのか?

 

プーチン氏は、米軍基地問題について「日本が決められるのか、日本がこの問題でどの程度主権を持っているのか分からない」と指摘。

www.asahi.com

 

→ 日本も限定的な主権国家なのか?(現政府の決定権が不明、ならともかく、他国の主権への疑問とは)

 

当然ですが国連憲章では加盟国の領土保全が明記され、ロシアも加盟国で安保理の常勤理事国です。

 

第2条
この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない

4.すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない

 

www.unic.or.jp

 

もちろん第二次世界大戦以降も国際社会で武力侵攻は多々発生しているのが現実ですが(後述)、それでも多くの場合は「自衛」や「自国民保護」などを名目にしていて、大国が相手国の主権自体を認めない例は少ない。

 

そもそもキエフ公国などの歴史的経緯は国際法上の主権の話には関係ないアメリカ合衆国の領土拡大など領土変更は普通なので、国際法上は最後の変更が合法かどうか(仮に違法と思う場合は少なくとも継続的に抗議しているか)がポイントですね。

 

余談ですが日中韓が領土問題で繰り返している「近代以前の地図にあるから固有の領土」の主張合戦も同じで、国際法上は全く無意味と思います。そもそも「固有の領土」も歴史を遡れば各原住民が住んでいて、更に人類のルーツならアフリカですね(笑

 

近代以降で見ても、ソ連はロシアやウクライナなど各社会主義共和国が構成する連邦国家でしたが、実はレーニン主張の民族自決原則により、ウクライナなどの各構成共和国は名目上は主権を持ち、連邦離脱権もありました。もちろん実際には、特にスターリン後にソ連共産党による中央集権的支配が続いたものの、この規定と各国国家制度があったことで、クーデター失敗後のソ連共産党解体後に各共和国が迅速に離脱して「連邦解体」できたのも事実です。

 

なおソ連当時でもウクライナは(ソ連とは別に)国連に議席を持っており、主権国家扱いされていました(ベラルーシも同様です)。更に余談ですが、レーニン民族自決原則を広めたのがウィルソンで、後にナチスの侵略に悪用されました。

 

そしてここが一番重要ですが、ソ連崩壊後の1994年にロシアはウクライナの「独立的主権」を認めました

ウクライナは1994年12月7日、米国・英国・ロシアなどと「ブダペスト覚書」を締結し、当時世界3位規模であった核兵器を放棄するかわりに、領土の安全性と独立的主権が保障されることになった。(略)この文書は国連安保理が履行を保証した国際的合意

news.yahoo.co.jp

 

上記引用部分の記事内出典元がウィキペディアなのがいまいちですが。

 

 ところでこの合意を米英も守っていないとの批判もありますが、基本は各合意国のウクライナ主権尊重義務で、各合意国のウクライナ防衛義務まである(軍事同盟)と読むのは無理がある。つまり違反は侵攻したロシアだけです。

 

ではプーチン大統領は、上記のブダペスト合意は、どう説明しているのか。

 

2014年3月4日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はブダペスト覚書の違反に関する質問への回答として、ウクライナの現状は革命だとして「新たな国家が起ち上がった時で、しかしこの(新たな)国家との、この国家に関しての、義務的な文書には何ら署名していない」と述べた。(略)ロシアは、米国がブダペスト覚書に違反していると言い出して、ユーロマイダンは米国が扇動したクーデターだと述べている。

 

sn-jp.com

 

ウクライナで親ロ政権が倒れて新欧米政権になったが、それはクーデターで新国家なので、過去の合意は無効だ」という、かなり凄い論理ですね。

 

ロシアが日ソ友好条約を、もはや前提が変化して無効、と時々言うのと似てますが、しかし条約等は国家間の約束で、政権ごとの約束ではない。仮にその国内で違法なクーデターや暴力革命でも同じで、今のロシアが「ソ連の継承国家」として国連安保理常任理事国でいるのと同じです。

 

プーチン大統領の主張は「自国には完全な主権があるが、影響圏の周辺国には限定的な主権しかない」という大国主義・権威主義で、対等な主権を認めたウェストファリア条約(1648年!)以来の近代国際法の原則から逸脱しており、19世紀的な古典的帝国主義で、ロシア帝国ソ連の再来、などと言われて仕方が無いレベルです。

 

なおナチス・ドイツによるオーストリア併合・ズデーテン併合などの大ドイツ主義と比べると、ロシアは現状では「ナチス的なウクライナ政府から迫害されている2州の独立を支援」との主張ですが、2州のロシア系住民にロシア国籍を与えて同一化を進めているなど、発想としてはヒトラーの極端な民族自決1つの民族、1つの帝国、1人の総統)に類似しています。(恐らく「独立」後に「住民投票でロシア編入」が次のカードになるクリミアパターン。)

 

ここまで、ロシアのウクライナ侵攻は、国連憲章にもブタペスト覚書にも反する明白な国際法違反で、力による現状変更(他の主権国家に対する侵略行為)であり、そしてロシア側主張は近代国際法の基準を逸脱している(つまり無意味)、との見解を書きました。

 

しかしウクライナと欧米側も単なる被害者とも言えない

  1. ウクライナは2014年マイダン革命(クーデター)以降の親欧米政権で、少数民族言語の地位縮小などナショナリズムを強化し、少数派のロシア系住民から見てナチス的との批判の余地を与えた。
  2. 欧米はコソボ独立やイラク戦争などで、国連決議を踏まえない武力行使や分離独立承認(力による現状変更)に踏み切り、ロシアはジョージアグルジア)やウクライナで同等の行為をするようになった。

従来は、東ティモールアフガニスタンへのアルカイダ引き渡し要求など国連が介在していたものの、「対テロ戦争」を理由に「欧米有志連合」が国連安保理を踏まえず軍事行動(相手国の主権の軽視)をするようになり、ロシアはチェチェンで、中国はウイグルなどで同様の主張をするようになった。

 

問題はあっても一定程度に有効だった法的秩序を軽視すれば、「自分も同じ事をやって良い」という者が出現するのは時間の問題で、ロシアはジョージアでもウクライナでも「ネオナチ的なナショナリスト武装勢力が住民をジェノサイドしているため、人道的見地から止む無く分離独立を承認する」と、コソボの欧米とそっくり同じ表現を使っています。

 

勿論、A国が国際法違反すれば、B国も違反して良い訳ではありませんが、国際法は国内法以上に裁判所などの仕組みも弱いので、例外を黙認すると形骸化しやすく、現状には欧米側の責任(更には追随した日本等)も一部あると思います。

 

良く「国際法は理想だ、現実は力だ」という人もいて、それも一面の真実ですが、しかしルールを軽視すればいずれ相手も真似し、最後は単なる弱肉強食な無法地帯で、自分が困った時に主張もできず、今回のロシアも批判できません。

 

力を背景にしながらも説得力ある明文化したルール(法)を合意し運用して平時には安定共存を狙うのが、古代ローマ帝国や秦などの覇権国家であり、人類の知恵と思います。

 

2.現実的な予想

テレビやネットでは「NATOが反撃して第三次世界大戦か」など極論も見られるけれど、国際法上は許容できない事態ながら、現実的に見れば(ウクライナには気の毒ですが)「旧ソ連内(ロシア影響圏内)の地域紛争」で、常に偶発戦闘のリスクはあるものの、恐らく以下でしょう。

  1. 空爆で制空権を握り「武装解除・中立化」(=NATO加盟放棄)を強要
  2. 必要なら首都キエフ占領(親ロ政権樹立?)
  3. 必要なら東部2州の親ロ派支配地域に公式進駐、更に2州全体の占領
  4. ウクライナ全土占領は不要(しても一時的か)

 

ロシアは欧米と異なり長期政権で長期戦が可能で、上記2-3は即実行しなくてもカードとして温存し圧力をかけられる。チェチェン戦争では親ロ政権を立てて延々と戦争を続けた(イスラム主義者を敵にしたが「対テロ戦」扱いにした)。

 

他方のNATOは、増強は周辺のNATO加盟国への小部隊のみという外交的&国内向け姿勢だけで、ウクライナでロシア軍と戦う意図はアメリカもNATOも当初からなく、そもそもウクライナ防衛義務は無いので、仮に参戦したら自国民に説明がつかないです。(アメリカでもウクライナ支援の参戦論は低く、バイデンも「民主主義 v.s. 権威主義」は掲げたいが本音は中国に集中したい。)

 

そこで経済制裁はするが、実はロシアにはクリミア侵攻で制裁済で、各国とも大きな追加は困難でしょう。そしてロシアの次の対応を抑止するには、その次の経済制裁も残す必要もありますが、上記のようにロシアは長期戦で「次」のカードも山とあります。

 

ロシア側には占領のコスト(ゲリラ戦による損害の他、ウクライナは欧州貧困国で、既に2州新ロ派支配地域もロシアがインフラ負担中)、制裁による経済失速、国内の反戦運動ウクライナ(更にはバルト三国フィンランドなど)を更に親NATOにするリスクはあるけれど、マスコミを握って国内の政敵は「外国の代理人」(外国のスパイの意味)扱いで国内は安泰、当面は天然ガス高騰で有利、長期的にも本気度を見せた方が交渉も有利、との判断ではないでしょうか。

 

ところで過去のバルト三国ポーランドなどのNATO加盟容認は、当時はロシア経済も上向きで西側との関係改善の期待もあったから、との説があり、経済停滞で国民の不満を外に逸らすとの古典的パターンならば今後も永く続きそうです。(日本も経済停滞後に排外主義的主張が増加しましたが。)

 

3.アホ論への批判

上述のように、国際法的には主権国家に対する許容できない純然たる侵略行為ながら、残念ながら現実には過去に多数ある地域紛争の1つにすぎないのも事実なので、よく聞く無理解または便乗論を批判します。

 

NATO応戦で、第三次世界大戦の危機だ」

  • 上述のようにNATOは周辺国警戒のみでウクライナ防衛義務もない。ロシア軍はウクライナ以外へ行く必要性は無い。黒海などで偶発戦闘リスクはあるが、両者開戦の可能性は常識的には極めて低い。

 

常任理事国による他国侵攻で、国連安保理は機能不全の大事態だ」

  • 残念ながら、全く珍しくなく大袈裟。植民地独立戦争を除いても以下もある。
  1. ソ連(ロシア)のハンガリー動乱プラハの春アフガニスタングルジア、クリミアなど
  2. 米国のベトナムパナマイラクなど(朝鮮戦争は一応国連軍)
  3. 英国のフォークランド紛争
  4. 中国のチベット侵攻中越戦争

 

ウクライナ核兵器を放棄したから侵攻された」

 

「トランプなら断固対抗した。バイデンは弱腰だ」

22日に出演したPodcastでトランプ前大統領はこう語った。

「『これぞ天才だ』という言葉が口をついて出た。プーチンウクライナの……大部分の地域の……独立を宣言した。ああ、見事だ……『なんて賢いのだろう?』。彼はこのまま進み、平和の使い手となるだろう。最強の平和軍だ……我が国の南部国境にもあったらどんなにいいだろうに。私が目にした中で最強の平和軍だ。かつて目にしたことのない数の戦車だった。彼らなら見事に平和を維持するだろう。非常に頭の切れる男だ……私は彼のことがよくわかる。とても、とてもよくわかる」

news.yahoo.co.jp

 

 

「日本も憲法改正が必要だ」

  •  ウクライナは軍保持なので、一国では大国から防衛困難とは言えるが、日本の憲法9条とは関係ない。そもそも9条1項の戦争放棄は、不戦条約や国連憲章と同等の侵略戦争禁止(自衛戦争禁止ではない)、というのが学界多数説かつ政府見解で、数十か国の憲法に類似の規定があるらしい。

 

「日本もNATOに入るべきだ」

 

「日本も核兵器を持つべきだ」

  • これもアメリカが容認しない(アメリカは自国の手足となる各国軍備を要望)。仮に持つならば狭い国土に核実験場や運搬手段や廃棄施設も必要で、NPT脱退すれば韓国・台湾・フィリピン・ASEAN諸国などの核武装ドミノで地域不安定化の恐れも。それともアメリカから自立して自国防衛?
  • 仮に核武装して大国が侵攻した場合、自国内で敵に核攻撃するのか、それとも敵国に運搬できるのか。(なお北朝鮮への攻撃困難は、ロケット弾でソウルが火の海になるためで、核ミサイル開発はグアム米軍への牽制用なので、核保持により攻撃されない訳でもない。)
  • 核武装すれば国際社会で常任理事国(五大国)扱いされる(尊敬される?)と思うのは単純すぎる。北朝鮮やロシアやパキスタンを批判できなくなる。

 

「日本も核シェアリングの議論をすべきだ」

  • 目的は非核三原則の一部緩和のようだが、実現性は低い(ドイツ等の核兵器シェアリングは、NATOが前提で、アメリ保有核兵器を各国が保管・使用できるが、敵国領土への使用にはアメリカの承認が必要など、基本はアメリカの核の傘。また国土の狭い日本では保管基地への攻撃リスクも高い。)

 

以上です。