日本のスーパーコンピュータ「富岳」が、スパコン性能ランキングの「TOP500」で一位となった。 しかし一応IT関係者としては「世界一高速」が単純に偉いのか疑問に思う。
日本のスパコン「富岳」、8年半ぶり世界一奪還 :日本経済新聞
性能と順位
誰でも日用品は費用と価値にこだわるが、家とか高価で詳しくないものには確認が甘くなりがちだ。コンピュータも「道具」なので、どんな性能・機能が必要かは用途次第だ。元は税金で、仮にオーバースペックなら無駄だ。戦艦大和は昭和の三バカ査定と言われている。「プライドだけの無駄なハコモノ公共事業」ではいけない。
また性能評価の常で、TOP500はLINPACKというベンチマーク(性能評価ツール)を使うが、このツールに合わせて最適化する(つまり順位は上がるが、実際にはそれほど速くない)という場合すらある。何事も順位だけが全てではない。
そこで用途を見ると、スパコン上位の米中は核爆発シミュレーションなど軍事用が中心で超高速な計算が求められる。しかし日本では創薬や環境問題などなので、仮に1/10の性能のスーパーコンピュータを20台買えれば、もっと効率的かもしれない。
今のスパコンは汎用的(一般的)なCPUを何万個も並べて並列処理をする。乱暴にいえば、「金さえかければ性能世界一ができる」訳で、だから適正な目的・性能・費用が重要だ。
もちろん並列処理の技術は非常に難易度が高いし重要だ。ただCPUの数が増えれば多少とも効率は落ちるので、「世界一」を優先すれば費用対効果も落ちてくる。(ここはソフトウェアも絡むので、ハードウェアだけで高速化は実現できない。)
利便性
「性能」だけで語れないのは「利便性」だ。今回「富岳」の関係者も強調している。
なお以前の「京」も、色々な種類の計算で安定して性能が出ているようで、この意味では「利便性」(処理の汎用性)は高かった。
しかし「京」のCPUはSPARC64系(元はSun、富士通カスタマイズ)、OSはLinuxのため、高価で消費電力や発熱も大きく、運用コストに影響し、また使えるソフトウェアが少なく、「京」ベースの市販スパコンはあまり売れなかったらしい。これでは結果的に大艦巨砲主義だ。(このほか、最初はベクトル演算とスカラー演算のハイブリッドという不可解な構成が、NECの撤退によりスカラーのみに変更など、開発経緯も二転三転した。)
そこで「富岳」ではCPUはARM、OSはRed Hat Linuxに変更した。ARMはスマホなどで広く使われているが、TOP500上位になったのは初めてだ。そしてRed Hat は Linux で最も普及しているディストリビューション(パッケージ)だ。
なお2-3位(従来1-2位)の「サミット / シエラ」は、CPUはPowerとNVDIA、OSはRed Hat Linuxだ。このPowerも性能あたりの消費電力が低い。つまり「富岳」と同じ方向性だ。
今回「富岳」は「京」の100倍の性能を、半分の設置面積(ラック数)、3倍の消費電力で実現し、消費電力当たりの性能ランキングの「Green500」でも上位になった。さすがARMの効果はばつぐんだ。こちらの方をもっと強調すべきと思う。
(追記)正確には、プロセッサの命令セットはARMだが、内部実装(マイクロアーキテクチャ)は「京」と同じSPARC64系らしい。
「2位ではいけないのですか」はまともな質問
なお「京」は「2位ではいけないのですか」が話題になったが、これは仕分けでの質問なので「1位を目指す必要性」を答えれば良いところ、予想外の質問だったようで担当者が答えられなかったために予算削減されてしまった。
「2位以下であるべき」とか「1位ではいけない」とは誰も言ってない。しかし仮に「世界一になりたいから、組織は威張れるし、金は税金だから」ではだめだろう。税金で国策なので、やはり目的や必要性に応じて性能があり、順位は結果だ。(モラルや人材確保の面もあるのは判るが、税金な以上は主客転倒はおかしい。)
最後に。今回の「富岳が1位」は、スパコンの世代交代のタイミングで他より早かったからで、1年後は別のシステムが1位になっている可能性は高いようだ。(「京」が一位だったのも2011年の2回だけだ。)
「スパコン世界一」とはそういうものだ。巨額を投じるなら1年間のプライドより、ライフサイクル全体の利用利益が優先と思う。
なお理研側も「2位でもいい、順位より利便性」との発言をしている。こちらの方が妥当と思う。
世界4冠のスパコン「富岳」 基本姿勢は「2位になっても仕方ない」だった(神戸新聞NEXT) - Yahoo!ニュース
追跡:計算速度は2位でもいいんです スパコン、利便性に比重 - 毎日新聞
(オマケ)京の「2位じゃダメなんですか?」の経緯を良く整理した記事
(了)